小説

『こびとカウント』木江恭(『白雪姫』)

 キムラのお冷に、こびとがうつ伏せでぷかぷかと浮いている。トマトソースで汚れた分厚い唇がわたしのこびとをごくごくと飲み込む。
 カウント、残りスリー、と思いきや。
 付け合せのデザートのちっぽけなガトーショコラが意外に美味しく、しかも甘いものは嫌いだというキムラが自分の分をくれた。帰り道、靴の甲の上で、こびとが四人でチークダンスを踊っていた。
 カウント、プラスマイナスゼロ、引き続きフォー。

 チョコレートケーキのかけらなんかに騙されている場合ではなかった。今日はやっぱり厄日だ。
 客先からの理不尽なクレーム電話が立て続けに三本。ついには「お嬢ちゃんじゃ話にならないよ」と舌打ちされ「もういいから男の人誰かいないの?」と溜め息を吐かれる。言っておくけれどもこのトラブルはその男の人がやらかしたせいだからな、というセリフを飲み込んで、わたしは課長に頭を下げる。
「すみません、お客様からわたしじゃ話にならないといわれてしまいました」
 課長は無言で受話器を取り、手を振ってわたしを追い払う。その手の甲がわたしのこびとを叩き潰す。べちゃり。
 席に戻ると、マンションの売り込みの電話が二本。別件の問い合わせを受けて連絡した外回りの営業には電話がつながらず、二時間後にやっと折り返しの連絡が来たと思ったら電波が悪すぎて聞き取れず、何度も聞き返していたら逆ギレされて通話終了。
 クリームリゾットとガトーショコラが胃壁に張り付いて重苦しい。キムラの分まで食べるんじゃなかった。
 こびとをひとり、椅子のキャスターで轢く。カウント、残りツー。

 外出から戻って機嫌の悪い課長を宥めすかして判子を押させたと思ったら、部長からメールの返信が遅いと直々の叱責。平謝りすること十五分、やっとお説教が終わったと思ったら最後に期間別売上データの提出を命じられた。期限は今日中。どうせ明日から一週間出張なのだから今日出したって見ないくせに。
 晴れて残業が決定したので、こっそり抜け出して軽食を買いにコンビニへ。お気に入りのラップサンドは売り切れで、仕方なく売れ残りのハムサンドを手に取る。前の客が店員とトラブルになりなかなかレジが進まない。やっとオフィスに戻った時にはユキコ先輩に「抜ける時は一声かけてね?」と、それはそれは優しく微笑まれ、先輩の細く鋭いヒールがわたしのこびとを踏み抜いているのではと思わず足元を確認してしまった。
 席に着き、小銭入れがやたら重いので中を見たら、こびとがぺしゃんこになっていた。

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