小説

『こびとカウント』木江恭(『白雪姫』)

 カウント、残り、ワン。

 時計の短針は九を指し、フロアで電気がついているのはわたしとユキコ先輩が残っているエリアだけだ。チカチカ光って見えるパソコンのディスプレイの横で、最後のこびとが膝を抱えている。
 なんてこった、ニコ。最後のひとりになってしまったよ。
 どうしようもなく退屈で不満で不快な毎日でもそれなりにやってきたわけで、こびとだって減っても減ってもいつの間にか増えてもとのしちにんに戻っていたから、こんなことは初めてだった。
 こびとがみんないなくなったら、どうなるんだっけ?
 わたしはこびとに向かって手を伸ばす。マグカップに肘が当たる。
 そうしてわたしは、資料が表示されたままのパソコンに熱々のコーヒーをぶちまけた。
「あ」
 悲鳴も出なかった。
 ディスプレイに飛沫が飛んで、キーボードの間にじわじわと茶色い網の目が広がっていって、こびとがえいやっと机から身を投げるのを見つめていた。
 こびとがみんないなくなったら、どうなるんだっけ?
 ――魔女に捕まってしまう。ニコみたいに。
「おっと」
 野球のボールでもキャッチするみたいにあっさりと、こびとは白い手のひらに捕まえられた。
「危ない危ない」
 そのままわたしのこびとはジャケットのポケットに連れ去られた。朝とは違う甘い香りのフレグランス。ピンクベージュの綺麗な爪先。
「ユキコ先輩?」
「あーあ、パソコンやっちゃったね。ほら、こっち持ってきて、逆さまにして振って」
 言いながら、ユキコ先輩は大量のティッシュを部長の机から掴みだしている。というか、え、今何とおっしゃいました。
「ふ、振る?」
「そ、みっちゃんいつもブラックで飲んでるでしょ。だったらとりあえず水分追い出せば多分大丈夫」
「え、それマジですか」
「マジですよ、ほら急いで!」

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