小説

『こびとカウント』木江恭(『白雪姫』)

 だってユキコ先輩は、強くて、賢くて、美しくて、王子様と並んで玉座に腰かけているのがお似合いで、だから。
「やめて、みっちゃん」
 世の中はどうしようもなく不公平で、越えられない変えられない境界線がそこかしこに引かれている。勝者と敗者、賢人と愚者、美人と不細工、こびとと殺す者と殺される者。
 このひとは、常にあちら側なのだと思っていた。
「そんな目で見ないで」
 ポケットから、こびとが身を投げる。
 カウント、は。

 ユキコ先輩が突然休職したのは一週間後だった。
 しばらくの間、女子トイレは賑やかだった。「過労かな」「左遷じゃないの」「自律神経ナントカって聞いたけど」「え、それって何、病気ってこと?」「忙しかったしね」「これで最年少課長の話のパアかあ」「代わりに誰がなるんだろうね」「いやそれよりも部長でしょ」「ああ」「あれは完全にね」「飛ばされたよね」「だってあれでしょ、それこそ彼女とさ」「ちょっとやめなって」
 部長は何処かの離島の営業所に異動になって、課長は急遽部長代行になってますます不機嫌になり、ユキコ先輩の仕事は残った課員に割り振られて、何事もなかったかのように日常は回っていく。
ベッドに寝転がりメッセージアプリを開いたスマートフォンを見つめるわたしを、こびとたちがじっと見上げている。
こびとが見えるようになったのは、ニコが入院したのがきっかけだった。
中学二年生の春休み、ニコはベランダから落ちて救急車で運ばれた。不幸な事故だと教師は説明し、クラスメイトはそれを受け入れた。だって周りからすれば、彼女はそう深刻な問題を抱えているようには見えなかった。時折陰口をたたかれることはあってもいじめられてはいなかったし、成績は良くはなくとも進学できる程度ではあったし、見た目もちょっと太っていて鼻が平べったいとはいえ中の中くらいではあったのだし、友達も少ないながらにいたのだし、両親との関係だってそう悪くなかった。
 だけど彼女は飛び降りた。落ちたのではなく。
 わたしは一度だけお見舞いに行った。どうして、と震える声で問いかけたわたしにニコは答えた。こびと、みんな死んじゃったから。
 ねえみっこ、白雪姫がどうして知らない婆さんから買った怪しいりんごなんて食べたと思う?全部知ってたのよ。婆さんが魔女だってこともりんごが毒りんごだってことも、こびとがみんな魔女にやられちゃったってことも。それで毒りんごを躊躇いなく食べたのよ、だってゲームオーバーだから。だからあたしもそうしたの。

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