「いや、ないけど、この間飲み会に来てた、ウチの部署の納会」
「内輪の飲みじゃん。何で先輩が」
「何か、部門長が呼んだとか何とか。こないだのゴルフの社内コンペで組が一緒になって、そんで気に入ったから呼んだみたいな」
「へえ」
いくらトップに気に入られたからといって、他部署の飲みに単身乗り込んでいくあたりがさすがユキコ先輩だ。美人で盛り上げ上手の先輩だから許される力技、猿真似は命取り。
「部門長以外は初対面だったみたいだけどさ、何かおっさんたちとあっという間に仲良くなってすっげえ盛り上がって、店の人に怒られた。うるさいって、何故かおれが」
「ふうん」
「でも何か、そしたらウチの女性陣がしらけちゃって、おれそっちの席に座ってたからすげえ居心地悪くて」
「ふうん」
「よくやるよね、さすが営業だよね、体張ってるよね、やだあうふふ、みたいな、そういうの、笑いながら平然と話すから、女ってマジ怖え」
「ふうん」
ちょうどそこでアイスコーヒーとオレンジジュースが運ばれてきて、キムラはそれ以上話すのを止めた。わたしも掘り下げなかった。
わざわざ聞かされなくても知っている。例えば会社から徒歩五分の大町通りのラブホ街でユキコ先輩を見たとか、目撃されるその度に相手の男が違うらしいとか、次の人事異動で男女通しての最年少課長に昇進するのはそのおかげだとか、そういう話は飲み会なんかよりも余程頻繁に女子トイレで飛び交っているものだ。お前の言う通りだキムラ、女は怖い。
だけどもっと恐ろしいのは――いつ誰が自分の噂話をしていてもおかしくないその空間に平然と出入りするユキコ先輩だ。お疲れ様ですと明るく微笑んで、軽やかに。
仕事ができて、おしゃれで、美人で、頼りになる。いい先輩だと思う。強かで要領がよくて華やかで、こういう人が世の中のあらゆる得を手に入れるんだろうと思う。
王子様が迎えにくるのは、きっとこういう人だ。
「ヤマモト、早く食わないと時間」
「ああ、うん」