「はい」
渡された書類を見ると、昨日の夜ユキコ先輩に頼まれて出力したデータが綺麗な表に整理され、分析と対策が書き添えられていた。大人の女性らしい、細くて丁寧な手書きのメモまで添えられて。
昨日もその前も先週も、先輩がわたしより早く帰ったところなんてしばらく見ていない。もちろんわたしより遅く出社するところも――飲み会の翌日だろうと出張の合間だろうと。このひと、いつ眠っているんだろうと時々不思議に思う。ていうかこれ、本当はわたしの仕事なんだけど。
タカハシ先輩はまたお昼ねと言い残して去っていき、ユキコ先輩は八センチヒールをカツカツ鳴らして部長のところに颯爽と歩いていく。
二人からは同じフレグランスが香り、いつもおしゃれなユキコ先輩が珍しく昨日と同じ靴を履いていて、タカハシ先輩のシャツは昨日から着たきりのように皺くちゃで、へらへらと振られたタカハシ先輩の左手の薬指にはぴかぴかの金の輪っかがはまっている。
世の中は狭くて入り組んでいて、その深みに何故か自ら突っ込んでいくひとが少なくなくて、時々息が詰まる。
ふと気がつくと、こびとがマウスのコードを首に巻きつけている。どうかそのまま飛び降りてくれるな――という祈りは虚しかった。
「ヤマモトさん、マウス落ちたよ」
「あ、はい、すいません、ありがとうございます」
カウント、残りフォー。
人と喋る気分ではなかったので一人ランチでもしようと外に出たら同期のキムラと遭遇し、なし崩しに一緒に昼を食べることになってしまった。猫の額レベルに狭いテーブルで粉っぽいクリームリゾットをかき混ぜて冷ましていると、ナポリタンを頬張っていたキムラが突然口を半開きにした。
「何」
ものを噛んでいる時に口を開けないで欲しい。今日初めて知ったがキムラはとにかく食べ方が汚い、今だって襟に点々とトマトソースが飛んでいる。知っていれば一緒にランチなんてしなかったものを。
「あれ、ヤマモトんとこの先輩じゃね?」
キムラが行儀悪くフォークで差した先に、ユキコ先輩がいた。向かいには知らない男の人、タカハシ先輩じゃない。
「ああ、ユキコ先輩。てか何で知ってるの?仕事で絡み、あったっけ?」