小説

『こびとカウント』木江恭(『白雪姫』)

 ニコが時々していたこびとの話を、この時のわたしは信じていなかった。嘘とまでは言わないが、気休めの作り話だとは思っていた。だってわたしには、ニコの掌の上に何も見えなかったから。
 ニコが笑う。ティッシュペーパーよりも薄っぺらく。
 信じてくれないの、みっこ?
 わたしは何も言えずに病室から逃げ出した。それ以来ニコには会っていない。
「ねえ」
 こびとに話しかけたのは初めてだった。
「何て言えばよかった?何て言えばいい?」
 こびとたちは相談するように目配せしあってから、すっくと立ち上がった。

 昼間はコートがいらないくらいに暖かいのに、日が落ちるとぞっとするような冷気が忍び寄ってくる、そんな夜だった。
 わたしのこびとがマンションの二階の部屋の窓ガラスを叩いているのを、わたしは電柱の陰から見上げている。完全に不審者にしか見えないだろうが、せめてもの言い訳にとスマートフォンをいじりながら人待ち顔を装って。ポケットに突っ込んだ片手が、ユキコ先輩からもらった年賀状に触れる。
 こびとは辛抱強く窓を叩き続ける。青白い顔の頬だけがほかほかと赤い。
 どれぐらい待っただろう。そろそろと、窓がゆっくりと開く。ネイルの剥げた指先がわたしのこびとをそっと抱き上げる。わたしの肩に乗ったろくにんのこびとが、きゃあ、と歓声を上げる。
 わたしはこびとをひとり残し、ユキコ先輩の部屋に背を向ける。
 そんな風にこそこそしないで直接顔を見て話すべきだ、とか、電話すればいいじゃないか、とか、せめてメッセージだけでも送るほうがいい、とか、きっと色々なひとにそれぞれの言い分があるとは思うけれど。
 肉がむき出しになった傷口を柔らかい舌で舐めるような、そんなやり方でしか耐えられない痛みもある。あの日病院から逃げ帰ったわたしがベッドの中、初めて目にしたこびとたちに悲鳴をあげて、それでもそのぐったりとした体に顔を埋めて泣いたように。
 先輩のこびとたちが早く帰ってきますように。それまで、その子が傍にいるよ。
 暗い住宅街の向こうに駅の明かりが見える。ぬるりと生臭く、優しい風が鼻をくすぐる。
 もうすぐ、春が来る。

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