小説

『すてきなお家』逢坂一加(『みにくいあひるの子』)

 会社から家へ帰るのは、とても楽しかったのに、そこから先へ行くのは、ひどく気が重かった。だけどそれも、ボーナスが出るまでの間だ。
 ボーナスが出たら、会社から家への往復となる。その先へは行かない。帰るのは、好きなものでいっぱいになった、小さなアパートの一室。そこが、私の家だ。

***

 そしてやってきたボーナスの日。私は家には帰らず、まっすぐにあの人たちのところへ寄った。
 父も母も、上機嫌だった。久しぶりに食べる出来立てのご飯は、それだけであの人たちを笑顔にした。
「実は、二人に旅行のプレゼントがあるんです。一泊二日の温泉旅館」
「あら! まあまあ麻琴ちゃんってば!」
「……それで、仕事が遅かったのか」
 二人の言葉に、私は曖昧に笑った。否定も肯定もしないで、相手に誤解させるやり方だ。本当に鋭い人なら、もうちょっと突っ込んでくる。
「まあまあ、パパとママのために、お仕事、頑張っててくれたのねえ! うれしいわぁ! ね、お父さん?」
「うむ」
 私は複雑な気持ちになった。笑いたいような、がっかりしたような。だけどここは、ポジティブに考えよう。旅行に乗り気な方が、私も何かと動きやすい。
「ささやかだけど、今までのお礼です」
 両親は、私の言葉に無反応だった。すでに、旅行の日程表に夢中のようだ。

***

 両親を送り出した後、私は最後の仕上げに取り掛かった。掃除機と雑巾を用意し、ジャージに着替える。ちなみにジャージは、今日の作業が終わったら捨てる。
 指定した時間通りに、業者がきた。ロゴマークの入ったトラックから、動きやすい制服を着た男女が5人ほど降りてくる。責任者の人はハキハキと挨拶をし、てきぱきと部下たちに指示を出した。箪笥やら机を運び出すのに三人、箪笥の中身――衣服の処分に二人、そして、空っぽになった部屋の掃除は、全員でやった。もちろん、私も。業者側で雑巾を用意してくれたので、私の雑巾は無用となった。だから、それも併せて処分してもらおうと思った。

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