小説

『僕は惑星』義若ユウスケ(『よだかの星』)

 とっても寒い八月だった。その年、日本では一年中雪が降っていた。春になっても桜は咲かなかったし梅雨になっても雨は降らなかったし夏になってもセミは鳴かなかった。
 セミは鳴かなかったしスイカも生らなかったけど、甲子園は例年どおりきっちりしっかり行われた。極寒のグラウンドの上を、やや凍傷ぎみの球児たちが走り回った。決勝戦の最終回、ツーアウト満塁のピンチ、敗北校のエースはストレートを投げた。雪山のようなマウンドに、芯まで凍りついた人差し指が音もなく落っこちた。ボールはひょろひょろと間抜けな速度で空たかく飛んでいき、バックネットの向こうに消えた。ランナーがホームベースを駆け抜けた。優勝したのは岡山の吉備学園。僕の母校だ。
 僕は野球部じゃなかったし、応援団員でもチアガールでもなかったから、その日甲子園球場にはいなかった。僕は家のソファーでインスタントラーメンを食べながら試合の中継を観ていた。
 ついにチームが優勝し、テレビ画面にベンチで感激して泣き崩れる女子マネージャーが映し出された瞬間、電話が鳴った。古賀からだった。
「お前の彼女を殺すことにしたよ」と古賀はいった。
 パカーン!
 とかわいた銃声が響いた。僕はテレビをふりかえった。女子マネージャーの眉間に黒い穴が開き、だくだくと血が噴き出していた。解説のおじさんたちが、「おや、あれは撃たれたんじゃないですか?」「はい。おそらくそうでしょう」とのんきに会話していた。
「どうだ、悲しいか。ざまあみさらせ」と、古賀はものすごく嬉しそうにくりかえした。「ざまあみさらせざまあみさらせ」
 僕はため息をついて、「古賀、あの子は僕の恋人じゃないよ」と教えてやった。
 返事はなかった。重苦しい沈黙。罪の意識に震えているのだろう、と思いながら、僕は暖房の温度を二度あげた。
「エコじゃねえなあ」と、消え入りそうな声で古賀がつぶやいた。「ピッて音が聞こえたぞ。二回も。なあ、エアコンはエコじゃねえよ」
 僕は床に電話機を叩きつけた。なんだか猛烈にイライラした。床に叩きつけた電話機をさっと拾って、もう一度床に叩きつけた。怒りがおさまるまでこの動作を三十分くらいくりかえした。ひび割れた液晶画面のかけらがキラキラと宙を舞う。まるであられのようだ、と僕は思った。
 ため息をついてソファーに戻ると、インスタントラーメンはすでにビヨビヨ―ンって感じになっていた。残念な気分でじゅるじゅる啜っていると玄関のチャイムが鳴った。愛しのガールフレンドだったので、僕は裸で出迎えた。
 そして、二十年の月日が流れた。

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