小説

『僕は惑星』義若ユウスケ(『よだかの星』)

 この皮肉な仕打ちに心を打ち砕かれた妻は泣きながら僕に助けを求めてきた。僕は自室の大きな水槽の前で彼女の股をひろげ、ガムテープをはがしてやった。
 ガムテープは濡れていた。僕は妻を押し倒した。妻は息を弾ませながら、僕の身体のなかでいちばん大きなアボカドに手を伸ばした。飢えに目を血走らせたピラニアたちの下で、僕は彼女と最後のセックスをした。
 セックスのあと、僕は妻を水槽に放りこんだ。妻は快楽の余韻に浸りながらうっとりした表情で沈んでいった。肉食魚たちはトルネードのように彼女を切り刻み食いちぎりもてあそび、あっという間に骸骨にしてしまった。
 真っ赤に染まった水のなかで、腹のふくれた殺人魚たちは満足そうに眠りはじめた。
「よっしゃ殺したった。ハハハ。殺したった殺したった。アハハハハ」
 さて、ピラニアと水葬をどうやって始末しようかな、とのんびり一服吸いながら後片付けの方法を考えていると、玄関のチャイムが鳴った。
出ると、重装備の警察官がふたりたっていた。何の用ですか? と聞く間もなく僕は頭に警棒の一撃をくらい気絶した。
 目がさめると病院だった。
 美人のナースが僕の顔をのぞき込んでいた。口説こうかとおもったけど、やめた。
 美人のナースかとおもった女はよく見ると小太りの不細工な浮浪者だった。浮浪者はわりと清潔な口ひげをもしゃもしゃ動かしながら、
「もう三日も、何も食べてないんです。お金ください」
 おりよく病室に入ってきたおじいさんにこら、と叱られて、たちまち浮浪者は窓から逃げていった。
 おじいさんは院長先生だった。
「かわいそうな人だ、あなたは」と院長先生は言った。彼の説明によると、僕の妻殺しを通報したのはあの憎たらしい天才児で、すぐさま駆けつけた警察官の正当防衛によって僕は脳死状態におちいり、かれこれ五十年も眠りつづけていたのだという。
「鏡をください!」
 僕はムキになって叫んだ。そんなバカげた話ってあるもんか。本物の美人ナースが持ってきてくれた手鏡をひったくって、僕はおそるおそる我が顔面をたしかめた。
 それはまぎれもなく、老人男性の顔だった。悲しいことに、ハゲていた。髪が残らず抜け落ちて、頭部はツルツル。顔は洗濯機の底のハンカチみたいにシワシワで、言われてみたら身体の節々が痛いような気もする。

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