小説

『僕は惑星』義若ユウスケ(『よだかの星』)

 彼らは水族館に行きました。はたして、亀はそこにいたのです。彼女にとって、これはとても重要なことなのかもしれない。そう思って男は、亀がいたね、と女にいいました。当たり前じゃない、ここは水族館なのだから。そういってふふふと笑う女は、免許をとりたてのワニみたいに誇らしげな表情をしています。しばらく、土星みたいに黙りこくって、彼らは亀を眺めていました。
 三十分もたった頃でしょうか。ママ、この人たちボンドでくっつけたみたいにぴったりと寄り添っているよ。永遠に離れないつもりかもしれない。そういいながら、河童じみた顔色の少年が彼らのわきを通りすぎて行きました。困りきった様子の母親が足早に少年のあとにつづきます。その足取りはまるで、空からいまにも隕石が降ってきますよ、とでもいいたげな調子でした。
 きゃあ! と突然、女が叫び声をあげました。あんまり大きな叫び声だったから、男はもちろんびっくりしたし、もしかしたらブラジルの人たちも驚いていたかもしれません。
 みて、と女にうながされて男は一匹の亀に注目しました。
 あ! と男も叫びました。頭が爆発するかと思うくらい衝撃的なことが起きていたのです。
 水槽の片隅でナウマン象のうんちの化石みたいに今まで誰からも気にとめられずにいた亀が、とつぜん二本足で立ち上がって、空気を求める魚みたいにひっきりなしに口をぱくぱくさせていたのだから、男も女もほっぺたをつねらずにはいられません。
 ぎゅう、とつねったほっぺたはひりひり痛みました。どうやら夢を見ているわけではないようです。唖然としている彼らの前で、亀は歌いはじめました。
 かーめさん、かーめさん、こーうらがでーかいのねー。そーよ、かあさんも、でーかいのよー。
 水槽越しに、彼らは惜しみない拍手をおくりました。奇跡だわ、亀の奇跡だわ、と彼女は感動して、ダイヤモンドのような涙を流しました。ダイヤモンドは床にこぼれ落ち、ぱしゃん、ぱしゃんと砕け散ります。
 亀は水槽のなかで、ロックスターみたいに気取っていました。
 奇跡なんかであるもんか、お嬢さん、亀ってのはみんな、歌好きなのさ。と言うと、ありもしない長髪をかきあげながら亀は得意げに笑って、つぎの歌を歌いはじめるのでした……とさ。めでたしめでたし」
 妻は涙の懺悔だった。
「ごめんなさい、あなた。私、北京であなたに隠れて三十人の男性と肉体関係を持ちました。とんでもないことをしてしまったと、心の底から反省しております」
「許すとも」と僕は快活にいった。本当は許さなかった。
 家に帰ってシャワーを浴びると、さっそく妻を殺す計画を練ることにした。居間でビールを飲みながら、ピラニアを買うことに決めたその時、電話が鳴った。出た。古賀からだった。
「よお久しぶり。またお前の彼女を殺すことにしたよ」と古賀は言った。「あ、お前、結婚したんだってな。じゃあ、彼女じゃなくて奥さんか。お前の奥さんを俺は殺そうと思うんだ」

1 2 3 4 5 6 7 8