小説

『僕は惑星』義若ユウスケ(『よだかの星』)

 僕は泣かずにはいられなかった。えーん、えーん、って大泣きしていると、第二の美人ナースが病室に入ってきた。手には大きなケーキ。
 彼女は僕のベッドの足もとまで来ると、高らかにバースデーソングを歌いはじめた。
「ハッピーバースデートゥーユー。ハッピーバースデートゥーユー。ハッピーバースデーディーア患者さーん。ハッピバースデートゥーユー」
 院長先生が部屋の電気を消して、
「さあ、どうぞ。今日はちょうどあなたのお誕生日なんです。目がさめなかったら職員だけでいただこうと思っていたケーキなんですが、いやあ、あなたが目をさまされて本当によかった。だれも残念だなんて思っていませんよ。これはあなたのケーキなんだから、あなたが食べてくれてかまわないんです。だけど、なにせホールケーキですからね、ずいぶんでかいでしょう。とてもあなたおひとりでは食べきれないはずだ。もし必要とあれば、私たちはいつでも、お手伝いしますからね。ええ、イチゴと生クリームのケーキを嫌いな人間なんて、この病院にはいませんからね。さあどうぞ、一息にローソクの火を吹き消しちゃってください」
 僕は火を吹き消した。なにがなんだかよくわからなかった。
 いったい僕は何歳なんですか? そう尋ねかけて、やめにした。いまさら年齢なんてきいてもしかたがない。
 僕はため息をついて、目の前に差しだされたケーキを瓦割りの要領でズバンと叩き割った。
「むむ。見事な空手チョップですね」と院長先生が不満そうに言った。
 僕は旅に出ることにした。
 夜中に病院を抜け出して、どちらにしましょうか天の神様の言うとおり、で方角を北に決めて歩きはじめた。
 しばらくは山の動物を食べ、川の水を飲む生活だった。何週間か歩くと大きな港町にたどり着いた。そこで僕は貨物船にこっそり乗りこんだ。
 船は航海の途中で海賊に襲われた。
 乗組員はみんな海賊の鉄砲にやられてしまった。僕は鉄の雨をかいくぐってなんとか海に身を投げた。
 たまたま近くに浮かんでいた樽につかまって何日か漂流した。焼けつくような冷水にやられて、僕は自分がまだ生きているのかもう死んでいるのかもよくわからなかった。
 ある日、一匹のクジラが樽にぶつかった。
 樽は粉々に砕け、中から何だかよくわからないものが出てきた。何だかよくわからないものは静かに海の底へ沈んでいった。
 必死で溺れまいともがきながら僕は、クジラの動きを目で追った。クジラは僕に気づいているらしく、向こうに行ってしまったかと思ったらまたUターンしてこっちへ戻ってきた。

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