小説

『僕は惑星』義若ユウスケ(『よだかの星』)

 高校を卒業してすぐ、僕は当時付き合っていた彼女と結婚した。
 ハネムーン先のハワイで彼女は僕に隠れてこっそり現地の黒人ガイドと関係を持った。やがて生まれてきた娘の肌の色を見て、僕はすぐさますべてを悟り、妻を殺すことにした。彼女は最後まで黒い赤子を抱いて「あれえ、この子はずいぶん色黒だなあ。あれえ。あはははは。異常気象の影響かなあ。あはははは」って、冷汗たらしながらとぼけていたけど、僕は包丁を振り下ろした。
 こうしてシングルファーザーになった僕はとりあえず娘が中学を卒業するまで面倒みてやることにした。
 娘は成長するにしたがって顔つきから身体つき、口調や仕草にいたるまでことごとく母親に似ていくようだった。僕はいつしか娘に恋心を抱くようになった。十五歳になった娘はかつて僕を裏切った女、少女時代の妻に生き写しだった。もちろん、肌の色をのぞいてだけど。ハハハ。
 娘の中学卒業を僕はじりじりしながら待った。そして卒業の日、僕は彼女にプロポーズした。彼女の黒くて細長い薬指が銀の指輪を貫いた。
 彼女が十六歳になるのを待って、僕たちは結婚した。
 ハネムーンは北京にした。
 ハワイでの失敗を繰り返さないために、僕は旅行中ずっと彼女を監視していた。北京滞在中はずっと、昔お巡りさんからもらった手錠で彼女の右足と僕の左足を繋ぎ、二人三脚の要領で僕らは観光した。
 それにもかかわらず、彼女は僕の目をぬすんで中国人と肌を重ねたのだ。やがて生まれてきた子どもがそれを証明した。
 男の子だった。いわゆる天才児というやつで、彼は生まれたその日から流暢な中国語で喋りはじめた。中国語だったのだ!
 助産師の女が興奮した口調で言った。
「これは中国語だわ。私、中国人の友達がいるからわかるんです。この子はこう言っています」
 おほん、とひとつ咳ばらいをしてから、女助産師は立て板に水とばかりに喋りつづける赤ん坊の通訳をはじめた。
「むかしむかしあるところに、水族館に行きましょう、と呟いた女がいました。どうしてだい? とたまたま向かいに座ってサンドイッチを食べていた男がたずねます。
 沈黙。
 男の手のなかで、サボテンみたいなサンドイッチを包むアルミニウムが居心地わるそうにガサガサと音をたてました。女は数分間、あるいは数秒のあいだなにか、とても大切なことを思い出そうとするみたいに目をつぶっていましたが、やがて、亀を見たいのよ……そういって、神にすがるような眼差しで男を見つめるのでした。

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