小説

『すてきなお家』逢坂一加(『みにくいあひるの子』)

「もういい!!」
 怒声とテーブルを叩く音が食堂に響く。母は身を縮こまらせ、スプーンを握る父を見ないようにしていた。
「いつまでも子どもみたいなものを食べて、みっともないやつらだ!!」
 そう言い捨てると、父は甘口のカレーを流し込んだ。カレーは飲み物、という俗語があるらしいが、映像にするとこんな感じだろう。米とかニンジンとか、ジャガイモや肉まで入っているというのに、皿を傾けて一気に食べようとしている。
「こんな……甘ったるくて……菓子みたいな、カレー、なんか……!」
 器用なことに、咀嚼ながらしゃべりだした。あまりのことに、私は呆然とするほかない。
 父は、私と母を睨みつけながら、口をもぐもぐと動かした。
「子どもが食べるものだ! お前ら、もう大人なんだから、子どもと同じものを食べるなんて、みっともないだろ!!」
「食べながら怒鳴る方が、よっぽどよ」
 母は、父に聞こえないよう、わずかに私に身体を傾けて呟いた。彼女の計算通り、父には何も聞こえなかったようだ。空っぽになった皿を叩きつけ、父は乱暴に食堂から出て行った。
 足音が遠のいていったところで、母は父が去った方へ、舌を出した。
「あ~あ、せっかく作ったのに。誰かさんのせいで台無しだわ」
 私が答えずにいると、母はリモコンを手に取った。休日の夜とはいえ、いろんな種類の番組がある中で、母はクイズ番組を選んだ。
 様々な分野で活躍する有名人―――の妻たる人たちがクイズに答える、という内容だ。
 最近のクイズ番組は凝っているなあ、というのが、私の感想だ。クイズ内容も多岐にわたるし、解答方法もいろいろある。正解だと思う方のお団子を食べよ、外れにはワサビが、とか。
 今回は、出題者たちも個性豊かだった。芸術クイズの人は着ぐるみで登場し、スポーツクイズはユニフォームを着ていた。中でもちょっとびっくりしたのは、歴史クイズの担当が、ゴシックロリータの服装だったことだ。ほぼ黒一色の、フリルやレースがたくさんあしらわれたワンピースに、黒い編み上げブーツ。ご丁寧に、金髪のウィッグまでかぶっている。
 話す声はとても落ち着いていた。高校の頃、覚えるのに苦労した世界史が、この人の声だと、すいすい入ってくる。
「この解説者の人、絶対、子どもの頃にいじめられてたわよ~」
 フランス王朝史の専門家だというその人の解説に、はしゃいだ母の声が割り込んだ。
「こんな変な格好しているし、話し方もおかしいもの。絶対ゼッタイ、いじめられっ子だったわよ」
 彼女が何か言うたびに、母は「いじめられっ子」「おかしい」を連呼した。私が顔を顰めても、無表情になっても、ちっとも構わないようだ。

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