「あら、麻琴ちゃん。お出かけ?」
「はい。友人がそこまで来ているので」
「あら、そうなの」
まるで初めて聞いた、という態度だ。そして、さんざん否定した質問を、またぶつけられた。
「もしかして、デート?」
「違いますよ」
否定しても、母は不満げな表情のままだった。
「お昼までには戻ってくる?」
「いえ。帰りは夜になります」
なおも不満げな母。まるで、門限破りをとがめられているみたいだ。だけど、私はもう成人しているし、ちゃんと働いている。近所の子供と遊ぶとは違うのだと、どうして分かってくれないのだろう。
「久しぶりに会うので、積もる話がいろいろあるんです」
「ふぅーん」
低音を引き延ばし、母はそっぽを向いた。
昔は、こういう態度を取られるととても不安になった。まるで自分が全世界から責められているような、とんでもない大悪党になったような、そんな気にさえなった。
でも今は、別にそんなこと思わない。
「すみません。いってきます」
返事が来ないのを承知の上で挨拶し、私は玄関を出た。
***
待ち合わせた友人・華さんに、私は電車で愚痴ってしまった。
「えー、息苦しーい」
「はい、おっしゃる通りです」
ズバッと言い当てられたことが爽快だった。
人気のない電車の中で、華さんは両足をぶらつかせた。
「ていうか、君んちって、電子レンジとかないの? 冷めたご飯が嫌なら、チンすればいいじゃん。チン」
「父が嫌いなんですよ。そして、父が嫌がることはしない」
「でもお父さん、冷めたご飯嫌いなんでしょ?」