手洗いは済ませたが、着替えもせず、窮屈なスーツ姿のまま、私は席に着いた。一番遅れてきた私が「いただきます」というまで、二人は食事に手をつけない。重苦しい空気に、私はぐっと口に力を籠める。
先に食べててください―――何度も提案して、何度も否定された言葉を呑み込み、代わりに「いただきます」を口にする。席についてさっさと言わないと、父が不機嫌になるから。
箸を手に取り、みそ汁から口をつけていく。母は三口ほど食べたところで、私に話しかけてきた。
「こんなに遅くまで仕事なんて、大丈夫なの?」
「今、ちょっと立て込んでいるんです」
「そうなの。……でも、こんなに遅いんじゃ困るわ」
不満げに口をとがらせ、母はご飯を咀嚼した。噛んでいくうちに、母の眉間の皺が深くなった。
父を見れば、野菜炒めをご飯に乗せて、掻き込むように食べていた。喉に詰まらせないといいけど、と思いながら、私は淡々と口を動かした。冷めて少し硬くなったご飯に、油が固まってしまった野菜炒め。そんな状態にしたのは私だ。だからこれは贅沢な我儘だ。―――ああ、せめてご飯だけはあったかいのがほしいなあ。
父ががつがつと料理を片付けていくのを見て、母は険しい顔をした。だが、それも一瞬だった。彼女は、父から目を逸らし、私を見る。
「今日の自信作はね、ロールキャベツなの。お店でおススメのキャベツで、産地直送なんですって」
「そうなんですか」
今まさに食べようとしていたロールキャベツ。それは、白い油がついており、表面がべとっとしていた。きっと、出来立てだったら、おいしかっただろう。
「言われてみれば、少し、甘い感じがしますね」
「あったかいと、もっと甘く感じたかもね」
母は無邪気に、「うふふ」と笑った。
***
日曜日。私は身支度を整えて、外出しようとした。
今までは何も言わなかったのに、玄関に着いた途端、母が声をかけてきた。ちゃんと事前に報告はしていたし、今日の朝食の席でも、外出については告げていたのに。