すると、責任者さんが初めて戸惑った顔をした。
「いいんですか? また、何かの時に使えるかもしれませんよ?」
「処分してください。……雑巾は、ちゃんとしたのを買いますから」
私はそう言って、雑巾―――着なくなった服を差し出した。無造作に袋に詰め込まれ、部屋から外へ、そして、業者のトラックへ運ばれていく。
部屋を振り返ると、空っぽだった。何もない。あの人たちが私のために買い揃え、体の大きさに合わなくなっても「まだ壊れてないから」「まだ使えるんだから」と使わされ続けた家具や衣服が、綺麗さっぱり、なくなっている。ついでにいうなら、今、この部屋は建物の中で一番清潔だろう。
ここで過ごす最後の空気を胸いっぱいに吸い込み、吐き出す。この部屋も、この匂いとももうお別れかと思うと、少し寂しくなった。しかし、瞼を閉じると、この部屋で過ごした嫌な記憶も蘇ってきた。
うん、やっぱりここは住みたくないな。
そう結論付けて、私は部屋を出た。
両親が戻ってくる二時間前に、もう一度掃除機をかけておく。そして、私は着の身着のままで、家へ帰った。
***
―――あ。お父さん、どうしました?
―――ええ、そうです。引っ越しました。一人暮らししたかったので。
―――いいじゃないですか。もう成人しているし、ちゃんと働いて税金も納めているんですから。
―――私がいないから、これからは父さんが家に着いたらすぐにあったかいご飯が食べられますよ。
―――服や家具ですか? 捨てましたよ。いらないから。
―――本当に要らないんですよ。だって、私の好みじゃないし、使いづらいんですもの。
―――男の子だからって理由で、ブルーとか黒とか揃えられましたけど、本当は、赤とかオレンジが好きなんですよね。
―――言いましたよ。そしたら「そんな色、お前にはみっともない!」の一点張りで。
―――でも、お父さんも似合ってないですよね。青。チェック柄とかも似合わないです。はっきり言って。
―――子どもの時から、お父さんもお母さんも「みっともないことはするな」て言ってましたよね。箸の持ち方とか、服の着方とか。シャツの裾は絶対に出しちゃダメとか、制服が半ズボンの内は私服も半ズボンでいるべきだ、とか。