小説

『女神の湯』西橋京佑(『金の斧』)

「なんだ、見てたわけ?」
 女神はうらめしそうに父を見た。
「それだけじゃない。ここにきたこと、なんにも覚えてないの。いままで何人かきたけど、あれは生粋のバカね」
 神は高く笑った。
「喉元すぎればなんとやらだよ、みんな。別に、彼に限った話じゃない。なにで解決したのかよりも、解決したこと自体の方が大事だからね」
 女神はムッとした。もうやだ、と小さく言った。
「次きたら、おとうさんがやって」
 神は相変わらず口角をあげて、ほっそりとした目でにやにやと女神をみていた。
「まあ、そりゃ何回やったって同じだろうね」
「どうして?私にそんな力ないって言いたいの?」
 女神は苛立っていた。仏は三度までと決まっているのに、風呂の女神は何度来ても断ってはいけない。そんなの不公平だ、と女神は思った。
「そうじゃないよ。君は立派だと思うよ。仕事を全うしているじゃない」
 女神は何も言わない。また小籔太郎が降ってきやしないだろうかと、ソワソワと上を何度も見ていた。
「それでも彼はまたくるよ。誰だっておんなじだからね」
「それ、どういうこと?」
「右手をとても痛めていたら、左ひざ辺りの痛みなんて忘れちゃうだろ?」
「それと、なんの関係があるわけ?」
「なにかがなくなっても、違うところでバランスを取るんだ。悩みが一つ解決しても、悩むこと自体が解決するわけじゃない」
 ふうん、と女神は言った。
「なんにせよ、一時的には終わりがあるんだからさ。いいことでも悪いことでも、夢は朝になったら冷めるよ」
 神は笑いながら去っていった。女神はそれを一層うらめしそうに見ていた。
「ほーんと、おめでたい存在」
 女神はため息をついて、神とは違う方向に歩き始める。また一人、頭上から風呂に飛び込む音が聞こえる。
「だーれも、ほんとは何にも気にしてないくせに。ばっかみたい」
 
 小籔太郎は、目を覚ました。そして、布団の中で悩んで笑っていた。

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