小説

『寒戸のガングロ』室市雅則(『遠野物語』)

 ガングロは自分が先生になりたいという夢を思い出した。そして、自分がいた証を保管してくれていた両親のことを思った。そして、昨年、二人にふてぶてしい態度をとってしまったことを黒く塗られた頬を紅くして恥じた。
 雨と風の勢いが弱まり始めた。
 一同はじっとガングロを見つめている。 
 次に作文の横に置いてある冊子を手にした。
 それは教員免許状が取得できる大学がまとめられた冊子と封筒が置かれていた。
 冊子をめくり、封筒を開けると金が入っていた。
 大学の学費が賄えるくらいの額が収められていた。
 「マジですか」
 ガングロは全てを理解した。
 小さくため息をつくと一枚の色紙に気づいた。
 色紙には父、母、妹からのメッセージが書かれ、それをガングロは黙読した。
 文字を追うガングロの瞳は潤んだ。
 さらに妹が描いた家族四人が揃っている絵が置かれていた。
 一家四人が満面の笑みを浮かべている。
 絵のガングロは実際よりも黒く塗られている。
 それを見て、ガングロの口角は上がり、ついには小さく笑った。
 ガングロはテントから外に出て、そぼ降る雨の中で叫んだ。
 「みんな、マジごめんね!そんで、ありがとう!もうブーヤに帰るから!ブーヤがもう家だから!正直、最初はサガったけど、うち、これからガチ頑張る!みんな元気でね!じゃねバイ!」
 ガングロは来た道を駆け出した。
 金髪は濡れ、メイクは溶け出し、ルーズソックスに泥が跳ねていた。
 雨と風の間にブレスレットがぶつかり合う音が混じった。
 父と母は道に飛び出し、妹もそれに続いた。
 そして、母がガングロの背中に叫んだ。
 「ガチ頑張れ!」
 父も妹も加わって叫んだ。
 「ガチ頑張れ!ガチ頑張れ!」
 ガングロは振り返ることなく消えていった。

 それから二度とガングロは戻って来なかった。
 その後のガングロがどうなったのかも誰も知らなかった。
 しかし、ガングロと遭遇した女子高生から端を発し、町にはガングロファッションをする者が現れた。
 そして、今も脈々とガングロの魂はそこで生き続けている。

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