小説

『寒戸のガングロ』室市雅則(『遠野物語』)

 父親が茶を啜りながら尋ねた。
 「おめ、もうけえるなんて言わねえべな」
 母は急須で茶を注ぐ手を止めて、ガングロを見た。
 「まだ帰ってきたばかりじゃん。そんなこと言わないでよ」
 父親は湯飲みを眺めながら再び尋ねた。
 「そうでねぐて、どうなんだ。こんたな風にこれから家族四人で暮らすんねば」
 娘を繋ぎとめたい父が不器用ながらも絞り出した言葉。
 静かだからこそ迫力のある物腰であった。
 母親は平静を装って再び茶を注ぎ始めた。
 「おどちゃ、もうわらすでねえんだがら」
 「おらの中ではまだ六歳で時間さ止まってる。だから、しんぺえなんだ。もうけえるでねえぞ」
 妹はじっとそのやりとりを見ていた。彼女なりに重い空気を感じ取り、素知らぬふりを決め込んでいた。
 ガングロはため息をついた。
 「心配ならさ、なんでうちの部屋ないの?この前から一年経ってんだよ?準備できったっしょ?『また』って言ったよね?」
 「なんだぁ、その態度は!」
 湯飲みが卓に叩きつけられ、茶が飛び散った。
 誰も動かない。
 父親の荒い鼻息だけが聞こえる。
 そこに安っぽいユーロビートのメロディが流れた。
 「あ、ちょまちー」
 ガングロがミニスカートのポケットからPHSを取り出し、話し始めた。
 「おっつー。え、マジ。パなくない?うん、行く行く。じゃあ、渋センで」
 一家は唖然とその成り行きを見守っていた。
 会話が終わるとガングロは立ち上がった。
 「じゃ、また」
 「『また』ってなんだぁ、けえるのか?」
 父親はどうして良いか分からなかった。
 「うん」
 「なして・・・」
 母親が尋ねた。

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