小説

『寒戸のガングロ』室市雅則(『遠野物語』)

 ガングロは玄関を出ていった。
 母親はその背中に震えた声を投げた。
 「気ぃつけて」
 父は項垂れるばかりであった。 
 「なんたらまだ・・・」
 開けっ放しとなった玄関の隙間から、雨風が吹きすさぶ中に消えていくガングロをただ見送った。
 ガングロの姿が見えなくなると雨風が止み、静けさが一家と町に戻った。

 その話は瞬く間に町中に広がった。
 奇跡だと言う者があれば、偽物だと言う者もいた。そして、嵐はガングロが戻ってきたせいだと言う者もいた。
 実際に稲穂の一部は倒れ、泥水に揉まれ駄目になった。
 しかし、何とか残った稲の収穫が終わり、雪の降る季節が訪れた頃にはガングロの話をその一家以外がすることはなくなった。

 再び秋が訪れた。
 水田の稲はたわわに実り、あとは収穫を待つのみであった。
 そんな折、去年と同じように大雨が降り、大風が吹いた。
 やはり農民たちも住民たちも困り果てた。
 そして、ガングロの帰郷を思い出した。
 地元の女子高生の中に傘をさして軽やかに歩くガングロを見かけた者がいた。
 傘の間から漆黒の肌と真珠のように白い瞼と唇が覗いた。
 テレビで存在は知りつつも、初めて間近に見たガングロに衝撃を受けていた。

 「一年なんかマッハだよね」
 ガングロは土産にバナナの菓子を持って帰ってきた。
 両親はガングロの帰りを喜び、妹もその菓子につられたのか姉の帰りを嬉しがっている。
 ガングロの化粧は一年前よりも確実に濃くなり、腕のブレスレットの量も増えていた。
 どんな風貌に変わろうとも両親にとっては大切な娘であり、諦めていた者と十年ぶりに対面できた上に、たった一年で再会できたことに幸福を感じていた。

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