小説

『寒戸のガングロ』室市雅則(『遠野物語』)

 父は即答をしなかった。悩みに悩んだ。憔悴するほど苦悩した。
 決断を求めて町長のみならず、町の人々が日参し、願った。
 引越しをしようかという話し合いも夫婦で持たれたが、代々受け継がれているこの土地は離れがたく、この地に愛着もあった。
 そして、蝉の鳴き声が寂しくなる頃にようやく結論を出した。
 ガングロを受け入れない、と。
 腹を痛めて産んだ子を拒むことなど考えられないが、やつれきっていく夫の姿を隣で見て、町の状況を鑑みた結果、母は反対ができなかった。
 二人は納得できず納得をした。
 『死んだと思っていた娘に二度も会えたのだから』
 苦しい理由をこじつけて涙を飲んだ。

 秋が訪れ、その日がやって来た。
 空は黒い雲に覆われ、風が雨の匂いを運んできた。
 小雨が降り出した。
 田んぼの陰から、一本道を一家と町長、地元有志たちが見守っている。
 強い風が吹き、砂埃が舞った。
 一同は思わず目を瞑った。そして、瞼を開けると向こうからやってくるガングロの姿があった。
 メイクはますます濃くなり、さらに派手になっていたが、さすがティーンエイジャーということで、一年ぶりにやってきたガングロは去年よりも一気に大人びていた。
 ガングロが歩みを進めるたびに風が吹き、雨粒が少しずつ大きくなった。
 一同は固唾を飲んでガングロの足取りを見守っていた。
 道がくびれのように少し狭まっているところでガングロが足を止めた。
 そこには運動会で見かけるようなテントが設営され、ガングロの名前を書いた紙が張り出されていた。
 ガングロは不思議そうにそちらに向かった。
 陰にいる一同の目もそれを追った。
 「何これ?」
 ガングロがテーブルに置かれた原稿用紙を手に取り、口に出して読み出した。
 「わたしのゆめ。わたしはしょう来、学校の先生になりたいです。先生はいつも面白いお話をしてくれます。わたしはいつも笑ってしまいます。教えてくれるべん強もむずかしいけど、面白いです。それをお父さんとお母さんにいったら、よろこんでくれました。だから、わたしは先生になるためにがんばりたいです」

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