ところが空の王就任以降、この薄暗い執務室は王宮中庭に面した明るいバルコニーにとって代わることとなる。六人の護衛団にかしずかれ、空の玉座にまします王のもと、その託宣を聞くべく国民が集まり、これがそのまま王の執務とされるに至った。国家の重要事項を判断する局面では、民衆の目に映り耳に聞こえるその空の王が、実のところどうご意見なされているのかを国民が拝聴する。そして中庭の中央を隔ててどちらかに移動することによって、空の王の口から発せられたご意見の統合をはかるというのが、そのまま王の決断とされたのだ。
「これは実質的な憲法違反、いやそれどころか無血革命ではないか。国のいちいちの決断を、国民投票によって行なっているのと同じことだ」
左大臣の地位にいながらその実、何をもやりようのない状況に、ゼッツァーはやりきれなさを募らせた。
「空の王はもはや居るんですよ、ゼッツァー。居ることになってしまったのです。身を持ち崩すこともなければ、死ぬこともない、無敵の王がね。われらが王は、何ら責任を負うこともなく、自由に決断できるのです。恐らくこの国は、近々大変なことになるでしょう」
ルシャイトはそう予言した。
いつしか「謁見の間」と呼ばれるようになった王宮の中庭では、ほとんど二日に一度のペースで、国の重要事項の決定に際する空の王への意見拝聴が行なわれた。行なわれた端から迷うことなく決められてゆく法律が、国を次第に変えていった。
まずもって決定された『各種税率の引き下げ』によって国の予算は縮小し、ほとんど同時期に決定された『保育施設の拡充』および『教育の無償化』の予算確保のために『高所得者層への課税強化』が追って決定される。それでも足りないとなれば、なけなしの予算を稼ぐために『国家職員報酬の引き下げ』が決定される。そんな調子で二日に一度は王宮中庭へと足を運ばなければならなくなった国民の労働時間は減少し、生産効率も落ちていった。
そもそもいったい誰がそんな立案をしたのかと言えば、空の王その人、とのことだった。実際、後々見返せば、ほとんど各地方に設けられた目安箱のなかの陳情書・嘆願書そのままの内容であることが知れたものの、だからといってどうにもやりようがなかった。なぜそんなにも日和見的な計画が立案され、それが大した思慮もなく素通りしてしまうのかについては、常々疑問が持たれたものの、ともあれ時の経つほどに空の王の存在は確固たるものとして確立されていったのだった。
「空の王は外をちょっと散歩するだけで、日に十個、国を動かす重要な計画を立案するらしいぞ」
「お小用を済ませて戻ってきた空の王の一声で、われわれの税金は下がったと聞く」
「庶民の暮らしを知るために、空の王はお忍びで街や村を巡っているらしい。ご苦労なことだよ」