小説

『空の王様』阿久沢牟礼(『裸の王様』)

「ではどうする。右大臣左大臣ともあろうわれわれが、指をくわえて見ているしかないというのか。策士で知られたルシャイトよ。この国の窮地にあって、君には何も、案がないのか?」
 ルシャイトは皮肉な笑みを浮かべ、ふと天を仰いだ。
「たった一年。それさえ過ぎればまた春が来る。来たるべき選挙では国民も、この一年の過ちを胸に、心を入れ替え、思慮に富む一票一票を投じることになるものと願っていました。そうすればふたたびこの国は立てなおせる。今以上に、よりよい国へと。しかしわたしの願いは、少々過大なものだったようです。万策尽きたとはまさにこのこと」
 その年の初雪がちらついた日、ついに決議が執り行われた。王宮中庭にはかつてないほどの国民が集結し、各々空の王の声を拝聴せんと、耳をそばだてた。バルコニーの空の玉座では六人の護衛兵の手厚くゆきとどいたお世話を受けながら、姿のない王の姿が民衆を眺め渡していた。大きなうねりとなって中庭を右へ左へと行き交う民衆のそこここで、意見を違える者同士の小競り合いが頻発し、暴動へ発展しかねない状況に治安部隊は大わらわとなった。中庭に入りきれない国民の人数を、中庭を分けて左と右とで数えるのに、ほとんどすべての国家職員を動員し、一日掛かりで計算した。
 こんなものは何かの間違いではないのかと疑いたくなるような、ごくごくわずかな差によって、リークハウゼンは長年の友好関係にあったガルヴァイドとの同盟を破棄するに至った。その後の騒ぎはすさまじいものがあり、血みどろの大乱闘が空の王の御前で昼と夜とを問わず続けられた。それはもはや国の貧弱な治安部隊が鎮圧できる程度を超えていた。空の王の眼前で国民は二分され、血の染みた王宮中庭はもはや埋まらない溝として深々とその傷を刻み込んでいった。
 騒乱のさなか、ルシャイトが密かにことづけた使節によって、すぐに南の山並みの向こうのガルヴァイド国へと、この重要決定事項が伝えられた。
 だからことが起こったのは早く、連日連夜の乱闘騒ぎも三日目に突入しようという頃だった。南の山の向こうからずらりと連なる軍隊が、リークハウゼンの市街めがけて行進してくるのを、形ばかりの自衛軍本部の物見やぐらで見回りをしていた兵士が発見した。すぐに警告の鐘が鳴らされると、どこかしらに青あざをつくって街中でぐったりしている民衆は、寝覚めが悪そうに立ち上がり、ゾンビのように生気なく、どこへゆくのか当てもなしに、ただそこいらをさまよった。避難すればよいのか、迎え撃てばよいのか、何をどうすればよいのかもわからないまま、敵はどんどん距離を詰めてくる。そんな危機的状況にもなお、民衆の一部は性懲りもなくふたたび王宮中庭に集結し、今や護衛団も姿を見せない打ち捨てられた空の玉座に向かって聞き耳を立てていた。

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