小説

『空の王様』阿久沢牟礼(『裸の王様』)

「ではどうするんだ、ルシャイトよ。このままでは、居もしない透明な王を国外へ送り込むことになる。我が国は、とんだ笑いものだぞ」
「ここは、ソルホースからの二人の使節を使うしかなさそうです」
「と、おっしゃいますと?」
 長官ランメルは目を細め、しわの寄ったその顔をゼッツァーと見合わせた。
「つまり、彼ら二人にふたたび走ってもらって、あらかじめソルホース国内に周知してもらうのです。リークハウゼン国王は、『バカには見えない王だ』と」
「本気か、ルシャイト」
 皮肉な笑みを浮かべてため息をつくルシャイトの肩を掴み、驚きを隠せないというふうにゼッツァーは言った。
「ではほかに、どうしようがありますか?」
 三人は沈黙した。
 さっそく呼び出された二人のソルホース国使節は王宮へ向かい、そこで六人の護衛団にかしずかれる、姿の見えない王の姿を目の当たりにした。護衛団があまりにも精彩に、あまりにも荘厳に、あまりにも神がかり的にその身の回りの世話をやってのける様子から、期待した以上にことを信じ込んだ二人の使節は、しまいには「わたしにも確かに王が見えます」と述べるに至った。そして彼らは十分体力の回復した早馬に乗って、このことをいち早くソルホースへ伝える任に就いた。
 六人の護衛団のほか、リークハウゼン国民は誰も見ていないものの、式典はことのほかうまくいった。美しい衣服に身を包んだ六人の護衛団が常に空の王の身の回りの世話を、ごく自然に演じ切ることで、行事をこなしていった。周知の成果もあったようで、「バカには見えない」という触れ込みが件の使節からまずもって王侯貴族など権力者に知れ渡り、そこから民衆へと順序良く伝えられると、みな訳知り顔でリークハウゼンの空の王を国へと迎え入れ、以降はあまり触れたがらなかった。

 王の仕事は決断である。その強固な意志と思慮深さと先見の明とをもって、国の重要事項を決断し、全責任を一手に担う。この責任の重圧は計り知れないものがあり、すでに二期を王として勤めあげたルシャイトの神経をいっそう過敏にし、生来の憂鬱をいやまし、精神を疲弊させるのには十分だった。薄暗い執務室の机に向かって一人頭を抱えて悩む王の姿というものは、多くの国民にとっては想像すら難かったが、それこそ真実の姿だった。

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