小説

『空の王様』阿久沢牟礼(『裸の王様』)

 その日の昼ごろ到着したガルヴァイド国の軍隊は、はるばる山を超えたその足で市街へ突入した。落ち穂を拾うくらい簡単に、そこいらにうろつくリークハウゼン国民を片端から捕虜にしていった。抵抗する気力も体力も無くしていたリークハウゼン国民は、ほとんどなされるがまま、無抵抗に従った。彼らリークハウゼン国民にとっての戦いとは、すでに終わっていたも同然だったのだ。
 最後まで粘っていたのは国の中枢の各省庁であり、重厚な建物に立てこもった職員がかろうじてこの国の形を保っているばかりとなった。
「戦って勝てる相手ではない、それはわかっている。しかし何か、やりようはないのか」
 冷や汗をにじませるゼッツァーに向けて、相変わらずの苦笑をよこしたルシャイトは、全職員に告げた。
「国を明け渡しましょう」
 庁舎の分厚い門扉が開くと、一斉になだれ込んできたガルヴァイドの軍によって、省庁の人間は残らず捕虜と化した。そこでゼッツァーは、華美な鎧に身を包んだ指揮官と思しき軍人が、馬から降りてルシャイトと握手を交わす様をはっきりと目にしたのだった。
「貴様、裏切ったのか。すべては貴様の計画だったのか。答えよ、ルシャイト」
 ルシャイトはふたたび苦笑で応えた。
「あなたと交わした言葉のすべてはわたしの本心。一度だって、嘘をついたことはありません。ただ少し、わたしは背中を押しただけなのです。ほんの少しだけ、ね」
 かくてリークハウゼン国は、その長い歴史に幕を下ろした。
 王宮の隅々を調べたガルヴァイド軍の兵士が、中庭のバルコニーの空の玉座の前に立ち、
「王座は空です。王はどこにもおりません」
 と高らかに宣言したときにはすでに、リークハウゼン国民は一人としてその場にいなかった。
 だから空の王の行方は、その六人の護衛団も含めて謎のままである。今もどこかの土地を、空の王が六人の護衛団にかしずかれ、放浪の旅を続けているのかもしれない。
 もしかしたら、あなたの国に。

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