小説

『空の王様』阿久沢牟礼(『裸の王様』)

「だからこそ、この幸運を喜ぼうではないか。先のことはこれから考えればよい。そしてわれわれは、考えを等しくする同志。なにも悪だくみをしようというのではないのだ。国のため、国民のために尽くそうではないか」
「こんなことわざを、あなたは知っていますか、ゼッツァー。『ソーセージの中身は肉屋と神様しか知らない』」
「どういう意味だ」
「いえ、正直わたしも、今のところはまだよくわかっていないのです。あの空の王の中身というものがね。もしかしたらあれは、これまでの王のなかで最も巨大で、最も掴みどころがなく、最も強い王かもしれない」

 しばらくのあいだ、何事もなかったかのように日々は過ぎた。過去の独裁の過ちから、権力の一極集中を防ぐべく各省庁がそれなりの権限を持っており、それぞれが各々の役割を果たしていれば最低限の国家運営が可能な状態が築かれていたのだった。
 問題は外交であり、国外の重要行事に空の王がどのように出席、参列するかという点がひとしきり議論された。当初は、当然ありうる妥協案としてナンバー2の右大臣、すなわちルシャイトがその代理を務めることが挙げられたものの、国民の異常なまでの反発にあって断念した。
「王を差し置いて右大臣が何様だ」
「われわれの王は       だ」
「       に決まったのだから素直にそうすればよい」
「なぜ代案を立てる必要があるのかさえわからない」
 というのが直訴の内容のあらましとなる。ちなみに王の名前の扱いは、文面上では約七文字分の空白を開けることがいつしか通例とされた。
 かくのごとくの状況で、リークハウゼン国は空の王御自らを外交に繰り出さざるをえなくなった。これには右大臣ルシャイトも、左大臣ゼッツァーも、文句はつけられなかった。絶対遵守すべき憲法に定められた方法に則って厳格に決められた時の王の存在を軽視することは、国家そのものの否定につながる。この考えが運営側の動きを鈍らせた。
 そこへつけこむようにして現れた六人の青年少女は、街の中心部にある省庁街を整然と闊歩し、国王庁の長官室まで有無を言わさぬ歩みで突き抜けると、そろいもそろって妙なことを言った。
「われわれには、王が見えるのです」

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