小説

『笠地蔵と飯盛女』宮城忠司(『笠地蔵』)

 その時に、誰かが近づいてくる足跡が聞こえてきた。平蔵はとっさに地蔵さんの横に並んで、七体めの地蔵を演じた。やって来たのは、町で正月用の餅を買って帰る途中のお爺さんだった。
「ありゃ、まぁー。あん時の地蔵さんずら。今夜もしみ(凍え)そうだに。そうや、買ってきたばっかしの餅があるでのう。お供えだに」
 お爺さんは、お地蔵さんの雪を丁寧に払い、一個ずつお餅を備えた。六体だったお地蔵さんが、今回は七体に増えているのにお爺さんがようやく気付いた。
「最後のお地蔵さんが、みぐさい(見た目が悪い)のう。よっぽど腹が減っとるかや?餅二つくれてあげるずら。トホホホ、餅が全部なくなってしもうた」
 それでもお爺さんは、清々しい気持ちなって家に帰った。
 お地蔵さんを真似た平蔵は、餅を二個もお爺さんからもらうことになった。腹が減っていた平蔵は直ぐに食べてしまった。横を見るとお地蔵さんが何やら叫んでいる。
「オラたちの真似をして、お爺さんから餅を二個も分けてもらった不届きものを、どう成敗してくれるかや?」
「頭突きをくらわして、親切なお爺さんに後を任せるだに!」
 いきなり、平蔵は地蔵さんから頭突きを受けた。石頭とはこのことである。余りの衝撃に平蔵は気を失って倒れた。

 町から帰ったお爺さんは、ことのてん末をおせんとお婆さんに話した。人の好いお婆さんは、餅のことをすっかり忘れた様子で笑って答えた。
「そりゃぁー、お爺さん。良いことをしただに。お地蔵さんも喜んで年を越せるずら。それにしても、七体とは不思議やのう」
 翌朝、外で騒がしい音がした。おせんが何事かと外をのぞこうとした時に、ドサッと何かを放り投げる音がした。驚いたおせんは急いで戸を開けた。額にコブを作った男が雪まみれで倒れていた。そして、六体のお地蔵さんが、一列になって背を向け帰って行くのが見えた。
これまでお爺さんの話を漠然と聞いていたおせんは、去年お地蔵さんが自分を助けてくれたのが真実だと知って、手を合わせて見送った。
今度のお地蔵さんからの贈り物は少々訳がありそうな塩梅だったので、お爺さんとお婆さんは男に訊ねた。
「名は何というかや?国はどこかや?」
 男は表情を曇らして答えた。

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