小説

『笠地蔵と飯盛女』宮城忠司(『笠地蔵』)

 小布施から中野を過ぎた辺りで、おせんは道に迷ったようである。街道を間違えて谷街道を進んでいた。先は飯山の城下町で、誰も通らないような山道である。 急に風が冷たくなり雪が降ってきた。行き倒れ同然で、つぶれた炭焼き小屋を探し当てた。冷え切った身体を投げ出して、藁にまみれて眠ることができた。善光寺から何も食べていなかった。おせんは疲れ切って深い眠りに落ちていった。
「急がな。急がな」
 呪文のようにその言葉だけをささやいていた。翌朝目覚めると、新雪で野山は白く覆われていた。おせんは慣れない逃避行で、体力的にも精神的にも限界に達したようである。尋常の寒さでは無かった。おせんは再び眠りに落ち入った。そして独りでつぶやいた。
「ここまで逃げおうせたのやから、なんの悔いもないずら。春をひさいで、若死にするよりも、よっぽど幸せな最期だに!」

 信州飯山から斑尾山(まだらおやま)の方角へ一里ほど山道に分け入った処にお爺さんとお婆さんが住んでいた。山間の一軒家で暮らしは貧しく、焼畑で稗を育てながらの自給自足を余儀なくされていた。
 季節外れの大雪に見舞われた朝、お婆さんがお爺さんに言った。
「食べるものが無くなったずら。お爺さん、明日からどうするら?」
「町まで行って、編笠を売ってくるだに。なんとかなるずら」
 お爺さんは深い雪をかき分けて笠を売りに町まで行った。しかし、どこもかしこも不景気で、笠を買ってくれる奇特な町人は誰もいなかった。泣く泣くお爺さんは家路に就いた。
「あーぁ、このままやと、めた(ますます)お婆さんに叱られるわい」
 お爺さんは半べそをかきながら三叉路に差しかかった。そこに雪をかぶったお地蔵さんが六体立っていた。
「ありや、こんな処に地蔵さんが……。寒かろうなぁー」
 お爺さんは一度通り過ぎたが思い返して戻ってきた。手で地蔵さんの雪を払い、持っていた五つの編笠を順に頭にかぶせた。六体目の地蔵さんには首に巻いていた赤い手ぬぐいを取って頬かぶりをさせた。お爺さんは気持ちよくなってお婆さんの待っている家に帰った。
「お婆さんや。笠は売れなんだずら。帰り道の峠で地蔵さんが雪に埋まっていただら。残った笠をかぶせてきただに。あんまり寒そうな塩梅でのう。気の毒になったがや」
 それを聞いたお婆さんの顔がなごんだ。

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