小説

『笠地蔵と飯盛女』宮城忠司(『笠地蔵』)

「それは、めた(とても)良いことをしたずら。明日は、しみそうやのう。地蔵さんも喜んどるずら」
 お婆さんも、ひもじさを忘れて清々しい気持ちになった。
 翌朝は凍えるような寒さだった。お爺さんとお婆さんは起きるのがもの憂く、布団の中で寒さに耐えていた。その時、表の方でワイワイ騒がしい声が聞こえた。
「親切なお爺さんの家ずら。炭焼き小屋で、行き倒れになった娘をお爺さんに預けようかや?」
「そうや。あのお爺さんなら大切に面倒見てくれるずら。米を三俵運んできたやから、ときに(とりあえず)ここに置いとくで」
 慌てて玄関の戸を開けたお爺さんは、虫の息で横たわっている旅装束姿の娘と米三俵が転がっているのを見付けた。そして、編笠をかぶった五人の地蔵さんが、ふざけ合いながら雪の中を帰って行く姿を見止めた。最後尾を歩く六人めの地蔵さんが、赤い手ぬぐいを首に巻いているのがおかしくて、お爺さんは思わず笑ってしまった。
 驚いたのはお婆さんである。妙齢な女人が気を失って弱い呼吸をしている。お爺さんを急かせて囲炉裏に火を入れて女人を傍らに寝かせた。冷え切った身体を温めるしか良い方法が思い浮かばなかった。
 お爺さんが米俵を運び入れ、お婆さんが朝粥を作った。ようやく女人の頬に赤みがさしてきた。命を取りとめた様子である。お婆さんが一口二口、さじでお粥をすくい娘の口に入れた。
「あぁー、おいしい……」
 娘が目を閉じたまま小さくつぶやいた。それを聞いて安堵したお婆さんが言った。
「お地蔵さんが子供のいないオラたちに、娘を恵んでくれたがや。おらっち(私の家)で一緒に暮らすずら!」
 幸いに三俵の米もお地蔵さんが運んでくれた。明日からは、ひもじい思いもせずに済むだろう。温かく冬を越せることが何よりも嬉しいお爺さんとお婆さんであった。

 おせんは逃避行の途中で道に迷い、雪で身体が冷え切ってしまい、つぶれた炭焼き小屋までたどり着いた記憶は残っていた。それから深い眠りに落ち入って後は覚えていない。気が付いた時には囲炉裏の火で温められ、お婆さんがお粥を口に入れていた。
 十日ばかり養生すると、歩けるまでに回復した。お爺さんが『おらっちの娘ずら』と言ってくれたので、そのまま甘えて暮らすことにした。
 お地蔵さんが助けて運んで来たのだと、お爺さん、お婆さんから教えてもらったものの、おせんは釈然としなかった。そんな夢物語を信じる気にもなれず、何よりも長い間の過酷な生活が、若いおせんの身体をむしばんでいた。おせんは気力が萎えてしまい、目を開けるのもままならぬ状態であった。長い雪籠りの冬はおせんにとって、何にも代えがたい養生の期間となった。

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