小説

『新説 不思議のお茶会殺人事件』湯(『不思議の国のアリス』)

「推理の邪魔だ!」
 ああ……その言葉たるや、これ以上に無く彼らしく、自分勝手極まりない。これには相棒猫五郎、褒めるまもなくあきれ返って肩落とす。伸ばした猫の手引っ込めて、賛辞の言葉をぐぐっと飲んだ。
 ――さて放置気味の白時計兎しらときけいと。彼の手元に転がってるのは、ネジ巻き式の懐中時計。肌身離さず後生大事に、天の国までもって行くのか? 探偵八田はその意図知らず。アリスは時計に目もくれず。猫はクシクシ眉毛を整え、その意図知るは、この世にいない彼自身だけ……悲しき事実に死体も思わず頬濡らす。
 しかししかしだ、推理せねばと頭を捻れど、ろくな証拠は残っておらず、飛び入り参加の白時計兎。彼を殺すにゃ動機が無いと、思うが早いか八田狂介、胸を張っては口にする。
「少年は一連の殺人事件に“巻き込まれただけ”だ」
 はいはいそうです、わかっていました。少女も猫も並んで絶句。あまりの言葉に、ため息すらも出てこない。アリスは兎を解放し、椅子に腰かけクッキーかじる。猫はコタツで丸くなる……コタツでなくて、テーブルの下で丸くなる。
「どうだね、私の名推理……因みにだが、そこにあるのが決め手になったのだよ」
 白い机の片隅の、兎の手前にコロリと転がる真鍮製の時計のネジを、大きな指で指差して、鼻をふんすと鳴らしてみせる。八田が言うにはそのネジは、死体が残したメッセージ。
 ネジ巻き――糸巻き――巻き込まれたのだ。
 つまりは単純。彼は事件に巻き込まれ、残念無念犠牲になったと。言われなくてもわかっているわと言いたげな、アリスの視線が刺々しい。これには八田も帽子をはぐり、湯気を立てては怒り心頭。
「なんだなんだ! 人の推理をそんな目で!」
 ズボンをひき上げ椅子に立ち、怒る姿の彼を見て、紅茶をすするはキャロルイス=アリス。彼女も彼女でマイペース。握ったカップは殺人現場の遺留品。大胆不敵に紅茶のおかわり。
「時計と一緒にあなたの頭のネジも巻いてあげればまともになるんじゃないかしら?」
 小さな口から飛び出したのは、八田へ向けた暴言と、熱い紅茶の吐息が一つ。心の声が漏れ出すあたり、彼女も彼女で我慢の限界。静かな怒りはどんどん広がり、この際だからと、あることないことぶちまける。
「さっきから聞いていたらあなた、なにもかもデタラメじゃないの。探偵の真似事なんて可笑しいったらないわね」
 犯人候補が他にもいたなら、口を揃えてそう言うだろう。八田の推理を蹴散らすように、辛い文句を惜しみなく。やはりそこは犯人候補のキャロルイス=アリス。身に覚えの無い容疑とあって、反論せずにはいられない。この暴言も一体誰に咎められよう。

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