小説

『新説 不思議のお茶会殺人事件』湯(『不思議の国のアリス』)

 ……森はしーんと静まり返った。先程までの賑わいは、どこへ姿を消したやら。二人はゴクリと息をのみ、この静寂に身を浸す。木々も一緒に眠っているのか、黙りこくって風もない。おやつの時間もまだだというのに、陽光遮る木の葉は分厚く、影からこわーいおばけなど、うらめしそうに出てきそう。
 そんなことより今はこの――おばけ以上に現実味が無いこの事件。真面目に取り合う二人ではなく、花より団子を手に取った。団子ではなくクッキーだ。口からモグモグ音を立て、ついでに紅茶も流し込む。三人眠って二人は食事。また一つ、お菓子が消えた、その頃合いで――。
「犯人はお前だ!」
 決まり文句も高らかに、声といっしょに口から飛び散るクッキーの粉。みっともないたらありゃしない。ビシっと伸びた太い指、あわせて鋭い眼光が、犯人差して「観念しろ!」と。大きな帽子に背の低い彼、紅茶をグビッと飲み干した。
「お前さんだけがピンピンしている。だから犯人で間違いない!」
 との名推理。襟高のボロを身に纏い、パイプの一つも咥えてみれば、それはそれなり探偵姿に見えそうな。けれどもこうも都合よく、名探偵が居合わせるなど、ウマイ話があるのだろうか?
 そこは帽子屋“八田狂介はったきょうすけ”椅子に上ってお行儀悪く、低い背を高く見せようと、ふんぞり返って指を差す。
 ――さて一方で、彼が指差すその先に、困った顔した少女が一人。ぷくっとふくれた彼女の顔は、まるでリスのそれである。白い手袋つややかに、人差し指をツンと立て、生白い頬に押し当てる。すました態度は上品だけど、食べ散らかしがほっぺにくっつき、みっともないたらありゃしない。
「私が犯人?」
 白いフリルのカチューシャ乗せて、小さな頭をくるんとかしげ、大きな瞳をぱちくりさせる。心当たりの無い罪を、被るわけにはまいりません! と、可愛い眉毛も、ブイの字作って異議アリと。彼女が着ているエプロンドレスは、空の色したパステルカラー。
 名前はキャロルイス=アリスというらしい。長いまつげに瞳はブルー、金糸に栄える白の美肌は、フランス人形さながらの、白磁の如き美しさ。口にくわえたクッキー齧り、香る紅茶を静かにすする。暢気どころの話ではない。
「呼ばれても無いお茶会に“一応”参加できただけありがたいとは思っているわ(すみっこだけどね)」
 不満を隠すそぶりも見せず、手癖の悪いこの少女、近くの茶菓子をかすめ取り、ポッケに詰め込みほくほく笑顔。茶会をこっそり楽しんでいた。今ではなくて、先程までは……。

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