小説

『新説 不思議のお茶会殺人事件』湯(『不思議の国のアリス』)

(だいたい猫五郎が、ちゃんとフォローするから大丈夫にゃ、って言うから乗ったのに……あの嘘吐き猫~)
 紙ナプキンを引ったくり、ハンカチ代わりに涙を拭いて、噛み締めた。
(ご愁傷様……)
 三月兎がボソリと呟く。死体に悼まれ涙を流す死体など、笑い話もいいところ。笑っていられる余裕も無いと。今は喧嘩の真っ最中――アリスと八田、死体の声に耳澄まし生きてる事実に目を向けたなら、それはもうあっさりと、真相にだって辿り着けよう……。けれどもけれど、そうは問屋が卸さない。それどころではない気も抜けない。皿が飛びかい、紅茶が舞い散るティーパーティーの戦場で、よそ見をすれば“死、あるのみ!”とはよく聞く言葉。現実は、想像以上に非情であると、この時しみじみ思うのが、テーブルに伏す死体というから笑い種。
(zzz……もう食べられないよぅ)
((お前はさっさと起きろ!))
 眠り鼠に至っては、頭上の喧騒も子守唄。現実なんてそっちのけ、テーブルクロスを枕に敷いて、惰眠貪る快楽主義者。彼の姿が羨ましい……と、二人の死体はしみじみ思う。漂う紅茶のいい香り。さぞかし心地もよいのであろう。となれば早速、二人もギュッと目をつむり、ふて寝の準備は滞りなく、完了ですとも。
(さあ! いざ! 夢の中へ)
 ――といったところで、すんなりとそうはいきません。耳元に鳴る“パリン!”と。安眠どころの騒ぎではない。紅茶の雨も未だ止まず。これが毒入り紅茶なら、彼等も直ちに安らかに、ぐっすりすやすや茨の城の眠り姫。騒ぎも気にせず眠れるでしょうよ、百年経っても目覚めることは無いけれど……。

 はてさて――
 真相そっちのけで喧嘩にいそしむ名探偵。改め“迷探偵”二人を手玉に取って、いやらしい笑みの猫が一匹。
「にししし♪」
 実の所は彼が犯人。猫の手は、爪を隠してしたたかに。まだまだ終わらぬイカレたお茶会、まだまだ飛び交う皿と紅茶の雨あられ。死体三人仲良く並んで寝っ転がって。誰の仕業か、彼の仕業。策士猫五郎の一人勝ち。はれて事件は迷宮入りと、相成りましたとさ。
 めでたし、めでたし……?

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