小説

『新説 不思議のお茶会殺人事件』湯(『不思議の国のアリス』)

「ありがたい!」と引ったくり、小瓶をつまんでニヤリと笑う。八田の視線は薬とアリスを行き来して、してやったりのしたり顔。すかさずアリスの手元から、紅茶がバシャッ! と飛んできた。彼の口元いやらしいから、アリスは咄嗟にポットを掴み、冷めた紅茶をぶっかけた――だからさあ大変! 反感を買うのは当然のこと、八田も八田で、手ごろな皿を投げつけて、辺りにパリンと小気味のよい音響かせる。降る雪の如く砕け散る皿と茶菓子の欠片。それ見た猫は、ササッと下へもぐり込む。
「お前がこの薬を使って三人を殺したんだろ!」
「バカ言わないで! 飛び入り参加の私にそんな準備あるはずないじゃない!」
「じゃあこの薬はなんだ!」
「知らないわよ! はじめからそこに落ちてたんじゃないの!?」
 言葉一つとお皿がセット。暴言飛び交う戦場で、パリンガシャンと割れては散って、緑の地面も真っ白に、雪が積もっているかのように。テーブルに伏す三人も、これでは眠る暇もなし。
「お前が――」
「あなたが――」
 “水掛け論”ならぬ“紅茶掛け論”
 論と呼ぶのは甚だ疑問の、これを論と呼べるのならば、子供の喧嘩も立派な論だと、二人の程度もうかがえる。
 いやはやどうしてこうなった……。
 “では真相は?”と、問われれば、答えられるのはテーブルに伏す三人だ。そもそも“死人に口無し”と――生者においてはその限りでなく、細目を開けてヒソヒソ話す彼等はやはり、死んでなんていなかった。
(どうすんの白時? お前が「死んだふりしてアリスを驚かそう」なんていうからこんな事になったんだぞ)
 飛び交う皿にビクビクしながら、隣に目をやる三月兎。今日の茶会でドッキリ仕掛け、アリスを脅かすつもりだったが、逆に自分が脅かされては、彼の面目丸つぶれ。名乗り出る気も起こらない。ピコピコ動く茶色の耳は、皿の破片を器用に避けて、今も必死に生存アピール。
 ――隣を見れば。提案者である白時の目には、狼狽の色が見て取れる。首を小さく横に振り、否定を示すその姿、口から漏れる小さな声も、浮かぶ涙も弱弱しい。
(だって……こんなに長々とやりあうなんて思わなかったんだもん)
 弱気な彼は、うるると涙目。誤算だったのはただ一つ、アリスと八田の突飛な思考。二人は証拠を重視せず、あれこれ頭で推理する。そして頭は子供並。妄想の域を脱しない、杜撰な推理に度肝を抜かれ、白兎の顔から血の気が引いた。挙句の果てにこの大惨事――燃え広がった戦火の勢い、いつまで経っても鎮火せず、死体を巻き込み今も広がる。

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10