小説

『新説 不思議のお茶会殺人事件』湯(『不思議の国のアリス』)

 今はどうして容疑者に? 証拠も記憶もございませんが、濡れ衣着せられ犯人呼ばわり。これにはアリスも目の色変えて、まんまるほっぺで不満を返す。
「私は犯人じゃないし。言いがかりもいいところね」
「フンッ。本当のことを言えば楽になるぞ?」
 疑う八田の視線を受けて、アリスは負けじと目力入れる。椅子を押しのけ立ち上がっては、黒いパンプス地面を蹴って、スカートの裾を引き下げて、両手を張って威嚇する。精一杯の抵抗だけど、迫力不足でストンと椅子に、逆戻り。パタパタ揺らす両の脚。オーバーニーのソックスは、シマウマ模様のストライプ。
「はぁ、困りましたわね……んん」
 ふと目に付いて手を伸ばす。食器を握って狙っているのは、お皿に盛られた三日月形の、黄色い果肉と赤い皮。切り分けリンゴはうさぎの形。可愛い私にお似合いね――などと減らない言葉もこぼれつつ、フォークに刺さるリンゴを頬張る。シャクシャクシャクと、その態度だけは身体に見合わず大きいものだ。
「私はお茶会の時だって、ずっと椅子に座らず木陰にいましたのに。それはあなただって見てたじゃない?」
 口を止め、立ち上がったかと思いきや、彼女の伸ばした手の先は、リンゴの皿へ一直線。つまみ食いはまだ止まらない。ふくらます頬もそのままに、ピシと指差すその先は、向かいの太い革の手袋と、おんぼろ帽子の小さな男。
「私も食べるのに忙しくてな、君の事など見ていなかったとも!」
 開き直りも甚だしいとはこのことか。身体に見合わず大きな態度の八田狂介。鼻息荒いこの男、アリスは見かねて立ち上がる。バチバチバチバチ火花を散らすその視線。一歩も引かない泥沼の様相。
 ――にゃらば! 八田の相棒気取りで、躍り出るのはしなやかな足。誰が呼んだか知者紀猫五郎ちしゃきねこごろう満を持してのご登場。シュタッと優雅な着地音。綺麗な肉球踏み出して、テーブルクロスに爪立てた。猫の毛並みは風変わり、ピンクと白の派手な色、目をひきつけるストライプ、オシャレと言おうか奇妙と言おうか、判断つかない珍妙さ。
 瞼の奥は黄金色、高貴な光を湛えるけれど、そこは猫の可愛らしさよ。「にゃん」と小さな猫の手が、はじける火花をかき分けた。
 ――二人の視線は下へ下へ、ちょうど二人の真ん中へ。
「まあまあ、お二人とも落ち着くにゃ。とりあえず状況を整理するといいにゃ」
 人間みたいな二足立ち。右見てアリスに目配せすると、今度は左、帽子屋を見て、なだめるように宙を掻く。両の前足爪伸ばし、その見た目こそ猫である――けれども物腰柔らかに、立ち振る舞いは立派な紳士。伸びた白眉は風格漂う百獣の王ライオンさながら、人間らしさを鼻にもかけぬ。

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