メロスは青年の提案に感嘆の声を上げ、そもそもニートなのであればつべこべ言わずに自分の代わりにM屋で働けばよいではないか、などということは微塵も思わずに、
「なんと勇敢な青年だ。名はなんという」
と、青年に名前を尋ねた。
「セリヌンティウスです。あなたは」
「メロスだ。超一流営業マンの、メロスである」
そうして握手を交わす二人。M屋を通じ、ニートと超一流の垣根を越えて男と男が繋がった瞬間である。
「バイトリーダーよ。どうかこの勇敢な青年に免じて、三日間の猶予をくれないだろうか。」
メロスと青年の提案を聞き、バイトリーダーは内心で、笑いが止まらなかった。馬鹿な事を言う。この超一流営業マンを自称する男が、わざわざ自分の仕事を辞めて、牛丼屋チェーン店の一アルバイトとして働くはずがない。一体どのポイントで感動したのか知らぬが、このニート風の青年がこの男を信じ、そして裏切られた末、この店でアルバイトとして働き、それを自分がいびり倒して二度と社会復帰できないようにスクラップにしてやるのも面白いかもしれない。そう思ったのである。
「分かりました。いいでしょう。そこまで言うのなら、三日間だけ待ちましょう。その代わり、土曜の日の出までに店に来なければ、必ずやこの青年をアルバイトに雇いますよ」
「助かる。俺は正義の男で、超一流営業マンだ。必ずや金曜日までに引き継ぎを終わらせ、送別会で同僚たちが涙を流す程のスピーチを行い、そしてこの場所に戻ってこよう」
「ほほほ、承知しました。たしかメロスさん、と言いましたかね。ちょっと遅れてきたらいいですよ。そうすればこの青年があなたの代わりに店で働くことになるだけですから。私はあなたが本当に仕事を辞めたのかまで確認するつもりはございませんので」
「何を言う!」
「自分の生活が惜しければ、遅れてきたらいいんです。メロスさん、あなたの心は分かっていますよ」
メロスは口惜しく、ボーナスが支給された時に買ったイタリア製の高級革靴で、地団駄踏んだ。さすがは高級革靴、カツカツと小気味好い音が店内に響いた。