小説

『兎ろ兎ろ。(とろとろ)』紅緒子(『うさぎとかめ』)

「まあね」
「うさちゃんは卒業したらどうするの?」
「あたしは自由人だから、適当に楽しくやってくよ」
「そっか。卒業したらあんまり会えなくなるね」
「暇なときは連絡するよ」
「うん」
「私から連絡ほしい?」
「もちろん」
「なんで?私といて楽しいの?」
「楽しいよ。うさちゃん、かわいいもん」
 いつも言ってくれるセリフなのに、今日は馬鹿にされてるみたいに聞こえた。
「あたしは亀といても全然楽しくなかった。あんたなんか友達だと思ったことなんて一度もなかった。ただあたしがいないと一人でかわいそうだから一緒にいてあげただけ」
 言ってしまったあとすぐに後悔したけど、どうすることもできなくて、テレビに目をやった。ケータイ電話のCMが流れている。
「わたしもそう。うさちゃんの隣にいたら、私みたいな嫌なやつがとてもいい子に見えるもん。うさちゃんって素直だから何でもありのままに受け取るでしょう。八方美人な私には一緒にいて楽な人だった」
 そのまま黙ってテレビを見るふりをしたあと、亀は帰って行った。
 卒業式はひとりで参加した。ヴィヴィアンウエストウッドもどきの赤いチェックのワンピースを着たけど、あたしをかわいいと誉めてくれる人も、いっしょに写真を撮りたい人もいなかった。バス亭でバスを待っていたら亀と太郎がやってきた。二人ともリクルートスーツを着ていた。あたしはかばんからケチャップを取り出して、二人に向かって発射した。卒業式、血のケチャップ事件だ。バスを待っていた人たちはちょっと驚いたようだけど、関わりたくないから見なかったことにされてしまう。ケチャップは最初は勢いよく飛び出したけど、最後のほうはおならがぶうぶう言うみたいに汚い音をさせて、ちょぴっとずつしか赤いエキスを出さなくなった。
「何すんだよ。変な女」

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