小説

『兎ろ兎ろ。(とろとろ)』紅緒子(『うさぎとかめ』)

 そのまんまほとんど同じような365日が2年分過ぎて、あたしは就職活動をしなきゃいけない年齢になってしまい、ツインテールを外した。みんなと同じリクルートスーツを着て、いかに自分は健全な秀才の努力家であるかのアピール合戦へと突入だ。あたしはもともと知的な清楚顔をしているから、黒いスーツだって似合ってしまう。テレビ局、出版社、レコード会社、食品メーカー、広告代理店、旅行会社などなど、業界分析なんてめんどうだから、とりあえず面白そうな業種の試験を受けまくった。
 大人のおじさんとなんて先生以外は話したことがほとんどないから、最初は面接で緊張して何もアピールできなかったけど、だんだん面接官がマルをつける自己紹介ができるようになってきた。
 とにかく一生に一度の学生時代を充実させるため、様々な経験がしたいからバイトを色々したし、稼いだお金で好きな洋服を探したり安く買ったりすることで、マーケティングの実験を行ってきた。それでは、人と歩調を合わせて暮らす普通の女の子の体験しかしていないかもしれないけれど、御社のターゲット層である一般の女性層と同じライフスタイルを送ってきたことを、企画開発や営業力へとつなげる自信があるとか云々。
 そういうごく平均的な人生を憎んでいたけど、あたしはこういう生き方しかできなかったのだから、嘘だけど嘘じゃない。守りたい少女の部分がすり減っていくのに耐えて笑顔を作っていたら、旅行会社の最終面接まで残ってしまった。
 待合室で隣に座ったのは、女子アナにもなれそうな上智大学生だった。高そうなスーツとパンプス。ショートカットは美容院に行ってきたばかりのようにキューティクルでつやつやしていて、大きな黒い瞳は話している間中あたしから目線をそらさなかった。あたしはロングヘアーしかしたことがないから、ショートの女はただでさえ異星人だ。どんなお利口な嘘で自分の人生を華やかに仕立てるのだろうか。いいや、そんな必要はなく、彼女はきっと英語も堪能で、留学先のロサンゼルスでは多くの友人を得ていて、スポーツマンの彼氏もいて、ただそのまま自分について語るだけで合格してしまえるのだろう。面接を先に終えたソフィアは、目が合った私に美人オーラたっぷりに会釈をしてきた。下を向いたあたしの視界にうつるものは、スーパーで買った1500円のパンプスしかなかった。

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