小説

『兎ろ兎ろ。(とろとろ)』紅緒子(『うさぎとかめ』)

 面接会場の会議室に入ると、大手の会社だから面接官のおじさんも紳士然としていて、そこまで威圧感はなかった。志望動機も学生時代にはまったことも無難にまとめられたし、おじさんたちの口元が歪むことはなかった。
「宇佐美さんはOB訪問をしていませんね。なぜですか」
「2ちゃんねるとか、ネットを見ればわかるからです。実際に会って話すより、文字にしたほうが本音が出ますから」
 話している途中からおじさんたちの口元がへの字に変わっていくのがわかったけれど、止められなかった。
卒業してからもバイトで暮らせるし、別に就職なんてできなくてもいいのに、なんで就職活動が上手くいかないことに、こんなに打ちのめされているんだ。
 あたしは大人にならなくていいように、少女の世界で輝けるようなゴールに向かって走ってきたつもりだった。でも、自分が世界にとってとるにたらない存在だって認めたくないから、現実からただがむしゃらに逃げまわっていただけなのかもしれない。
 亀のカフェに行くと、ちょうどバイトを終えたばかりの亀がグレーのパーカーにデニムのスカートというもっさい私服で出てきた。手を振ろうとした瞬間に、
 太郎くんもチェックのシャツにチノパンという野暮ったい服を着て出てきた。久々に見る太郎くんは就職活動のため髪を短く切っていて、更に普通の大学生オーラが増していた。二人が並んで歩きだしたので、なんとなく後をつける形で歩くことになる。二人の歩くペースは遅く、追い抜いてしまいそうだ。歩調を合わせるため、ショーウィンドウのかわいい雑貨を眺めたり、小学生の軍団をにらみつけたりしながらぼんやりと後を追う。
 もう駅はすぐそこなのにガストに二人が入ってしまう。亀が男の子と食事をするなんてありえない。太郎くんとごはんを食べたことを、後できちんとLINEしてくるだろうか。探偵のようにこっそり近くの席を確保する。
 亀はグラタン、太郎くんはハンバーグ、あたしはナポリタンを注文した。ガストに来ると亀もいつもナポリタンなのに、フォークが上手く使えないとかっこ悪いからグラタンにしたのかな。
 二人はごはんを食べている時に、お互いの顔を盗み見て、決して目が合わないようにもじもじしていた。

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