小説

『兎ろ兎ろ。(とろとろ)』紅緒子(『うさぎとかめ』)

「あの、急にごはんに誘ってごめんね。実は、さっき地元の××県の電力会社から採用の電話が来たんだ」
「すごい。山田くん、おめでとう!すごいね」
「ありがとう。亀田さんはどうなの?」
「うん。私は面接がすごく苦手で、全然だめ」
「俺もそうだよ。親戚が電力会社に勤めているから、コネなんだ」
「そうなんだ。いいな」
「電力はコネ入社が多いみたい」
「そっか、私はコネもないし、就職できないかも」
「もし……就職できなかったら、俺と結婚しない?」
「えっ。だって私たちつきあってもいないのに」
「ごめん」
 太郎は顔を真っ赤にしてうつむく。亀も下を見ていて表情が読めなくなってしまった。就職してすぐ結婚なんて馬鹿じゃないの。しかも太郎の地元ってど田舎じゃん。あたしはもう聞いていられなくてレジへと向かった。
 亀からは報告のメールが翌日になっても、3日経っても、1週間経っても来なかった。お互いに就職活動があるからしばらくゼミ以外は大学には行かない予定だし、亀に会って男ができたかを探ることもできなかった。
誰でもいいから会話したくて、メル友募集の掲示板に書き込む。自己紹介は、「シューカツ中のうさぎ22歳」。今の自分を言葉にするとたった一言だった。たくさんの男と会う約束をして、見た目の悪くない男とはカラオケに行ったり映画を観たりプラトニックな交流をした。知らない男たちとの新しい遊びはしばらく刺激をくれたけど、さびしさは増した。そうして、ひとりぼっちがつらくなると、亀に連絡をとった。でも亀はいつまで経っても太郎くんのことをまるで話さないし、こっちから聞くのは死んでも嫌だし、いっしょにいてもイライラが爆発しそうになるだけだった。あたしはだいたい不機嫌だから亀は特に気にとめず、「きょうのうさちゃんの服もかわいいね」とのんびりしゃべるのだった。
 亀もあたしも就職先が決まらないまま卒業することになった。
 卒業式の前の日は、世界が終わる前日みたいだった。亀をあたしの部屋に呼び出してオレンジジュースとビールを混ぜて飲んだ。おつまみはあんぱんまんチーズとハムと冷凍枝豆とたこやき。亀は初めて手作りしたというチーズケーキは美味しくて、また先を越された気がした。カフェでバイトをしながら、お菓子作りを勉強したんだろうか。あしたが世界が滅亡する日だとすると、あたしの最後の晩餐はこの瞬間なのか。

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