小説

『兎ろ兎ろ。(とろとろ)』紅緒子(『うさぎとかめ』)

 酔いがまわるうちに、何も見つからなかった学生時代を思うと泣けて泣けて、目が真っ赤になっていった。鼻をかんだりハンカチで目を拭いたり忙しく手を動かしているあたしの横で、亀は黙ってテレビに目を向けていた。どうってことないニュース番組。殺人事件でもない。芸能人の結婚でもない。どこかの田舎の祭りが映し出されていた。
「ねえ、卒業したら太郎と結婚するの?」
「えっ!なんで太郎くん?」
 ポテトチップ片手に亀が驚いている。
「太郎っていいやつじゃん。結婚するならああいう真面目がいいんじゃない。亀も真面目だし、真面目同士でさ」
「そうかなぁ」
「あたし、知ってるんだよ。太郎にプロポーズされたの」
「なんで?」
「太郎にたまたま会ってさ、聞いたの!」
「そっか」
「なんで言ってくれなかったの?」
「だって本気のプロポーズじゃなかったんだもん」
「そんなことないでしょ」
「まさか。誰でもよかったんだよ。たまたま近くにいた女の子とエッチしたかっただけだよ」
「なんでそんなことわかるの?」
「普通そうでしょ」
「なんか今日は亀らしくないね」
「もうすぐゴールだからかな。やっと卒業できる」
「卒業するの嫌じゃないの?就職も決まってないのに」
「カフェのバイトがあるもん」
「あんなカフェ、どこがいいの」
「でもあのカフェって今度チェーン展開するかもしれないんだって。そしたら、オープンからスタッフになれるし面白そうでしょ」

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