小説

『赤ずきんと海の狼』酒井華蓮(『赤ずきん』)

しないだろうけど、もしかしたら心配してくれるかもしれないから言っておこうと思った。
「おばあちゃんが昨日ね、明日はとっておきの料理を作っておくからお勉強しましょうって。おばあちゃんは厳しいわよって。そのとっておきの料理で病気になったり、お勉強が上手くいかなくて叩かれるか何かすると思うの。でもきっと死にはしないから、だからしばらく来られないかもしれないけど、必ずまた来るから、いつもみたいにここに来てくれる?」
一気に喋っちゃった。
狼さんは黙ってる。最近、これは私が言ったことを捉えるのに時間がかかっているのだと分かった。
でも、長い。スカートの裾も叩ききってしまった。未だに花に埋もれている狼さんに目線を落とす。
「私はお前がいようがいまいがここにいるが、お前は何故行くのだ。その予感こそ、お母さんが悲しむ、になるではないか」
「だから、それは大丈夫なの」
大丈夫。お母さんは、大丈夫。
赤いフードを被る。リボンを結ぶとやっぱり邪魔で、下を向きにくいし顎に当たる。
「似合わぬ」
「ん?」
やけにはっきりした声で言われて振り返ると、狼さんは身体を起こして座っていた。
座っても私より大きな狼さん。黄色い目を細めて私を見下ろしている。
「お前に赤は、似合わぬ」
「ふふ、そう?嬉しい」
両手を伸ばしても身体は抱え切らないだろうから、前足をぎゅっと抱き締めた。
さらさらの黒い毛は枯れ草の匂いがした。案外、あったかいんだな。そんなことを思った。
「ありがとう。じゃあ、またね海の狼さん」
初めて会った時と同じ。狼さんは追って来なくて、尻尾だけゆらゆら揺れていた。

少女を見送った狼はすぐに駆け出していた。
思案などするだけ焦れったいだけだと、少女との日々で分かりきっていたから、すぐに駆けた。
彼女がいつも行く方角と、おばあちゃんの家には樫の木が目印に生えているけれど私にはお化けのように見えて嫌いなの。そう言っていたのを手掛かりに、すぐに目的地に辿り着いた。

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14