小説

『赤ずきんと海の狼』酒井華蓮(『赤ずきん』)

犬が欠伸していたり、餌を食べたり、口を開くと笑っているように見えるのよね。そんなことを思った。
でも、どうも食べる様子でない。
つい、首を傾げる。おばあちゃんには媚びているようだから辞めろと頭を小突かれたけれど、つい。
と、同時に狼さんも首を傾げていた。
「逃げぬのか。食われるぞ」
「あら?本当に食べる気だったの」
「……何だ、お前は」
つまらん。そう言って口を閉じてしまった。
口の赤が無くなって、また青みがかった黒の塊に戻る。
「食べないの?どうして?みんなが狼は人間を食べるって言うの」
「食う狼が多い。私も気が向いたら食うが、あまり好まぬ」
「どうして?」
理由も一緒に聞いたのに。
まとめて答えてくれればいいのにそうでなくて、少し不満気に聞いた。
「不味い」
「えぇ…」
不味いのかぁ。私なんか若くて肉も多くて美味しいんじゃないのかな。
「何を気落ちする。食われたいのか」
「ううん。そういう訳じゃないの。……あ、いけない!私おつかいの途中だったのよ、流石にこんなに時間を潰してたら変に思われるから行くね、またね!」
お母さんだって怒る時は怒る。それは怖いから、早く行かなきゃ。
おばあちゃんの家へ行って用事を済ませたらすぐに帰って来よう。
お母さんには、おばあちゃんの家で少しお茶してたことにして。
振り返ったら狼さんは最初に出てきた時のまま、木の側に座っていた。
「また来るね!」
狼さんは答えない。
いや、答えるのかもしれないけれど、返事がゆっくりだから。

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