小説

『赤ずきんと海の狼』酒井華蓮(『赤ずきん』)

そう言って狼が目を閉じたので、猟師は獲物を捌くのに使う大振りのハサミを取り出した。
「眠り薬とか、持ってないからな」
「構わぬ」
ハサミを進めても驚く程静かな狼の腹は、少し切ると赤い布が見えた。
この狼を無駄に苦しめる気はない。
もう少しだけ切ると、赤ずきんを助けるのに充分だった。
猟師が抱き上げる。もう一人見えた。老婆も引きずり出す。狼が苦しそうに息を吐いた。
「待て。縫ってやる」
「…獲物にしないで、いいのか」
「いい」
手際良く縫う。その間におばあさんが目を覚ました。
「お、お前っ、早く撃ちな!その狼を退治するんだよ!」
「しない。婆さん、赤ずきんは俺が貰っていくからな。俺がちゃんと育てるから安心しろ」
おばあさんが狼に立ち向かおうと包丁を片手にしたまま目を白黒させた。あまり切らなかった傷口はすぐに縫い終えた。狼はゆっくり身を起こす。痛むのか動きは遅い。
「この娘が私に狼をけしかけたんだよ!殺しちまいな!」
「私は娘に何も頼まれていないぞ」
「あぁ、婆さん、これはやり過ぎだな」
猟師が言った目線の先には少女の身体。
袖をまくった腕も、背中もいくらか、アザが出来ていた。
「それはその狼に襲われた時に…」
「老婆、もう一度食われたいか」
ぐ、とおばあさんが黙る。
狼が重い腰を上げて、傷を気にしてか控え目に伸びる。
あぁ、帰るのかと猟師が思うと同時に少女が目を開いた。
「あら?猟師のおじさん、おじさんも死んじゃったの?」
「違うよ。狼がお前を助けてくれって俺に頼んだんだ」
え、と少女が驚いて身体を起こす。

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