小説

『赤ずきんと海の狼』酒井華蓮(『赤ずきん』)

「わっ」
あまりに大きいから、それが何だかよくわからなくて、見上げて見たけどやっぱり大きい。
そうだ、きっと近過ぎて見えないのよ。
思いついて、少し離れて見る。
「あ、狼さん……かな?」
言ってから不安になった。間違えていたらどうしよう。失礼なことしちゃったかも。
狼ってこんなに大きかったっけ?
本の中ではそんなに大きくなさそうな感じだった。
それに茶色とか灰色とかなら物語に出てきたけど、黒はいなかった。
黒い塊が黙ったままでいるから、あぁ間違えた、そう判断して謝ろうとしたら、これもまた大きな目がぱちりと瞬きをした。
そこが目だったのね、黄色い瞳がふたつ、見上げたところにあった。
「狼は恐ろしい悪者だから逃げねばならぬ、のではないのか」
「あ、狼さんで合ってるのね、間違えるなんて失礼なことしていたら、どうしようかと思った」
とりあえず安心。
それでよくよく見てみると、真っ黒な毛は少し青っぽい。
綺麗だなぁ。つい、ため息が出た。
「いかにも、私は狼だが」
「ねぇ狼さん、私前から貴方に会ってみたかったの。それで聞いてみたかったの、貴方人を食べるの?悪者なの?」
また、黙った。
狼さんは少し返事が遅い。おばあちゃんみたいに怒りはしないけど、ちょっと、急かしたくなる。
「食う時もある。悪者かは知らぬ」
あ、そっか。悪者って自分を悪者って言わないわ。
「じゃあ、私を食べる?」
「食おう」
間髪入れずの即答、大きな口を開いた。

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