小説

『赤ずきんと海の狼』酒井華蓮(『赤ずきん』)

目の前には黒い狼。どうして?首を傾げると床に落ちている大きなハサミが目に入った。
「ま、まさか切ったの?ごめんなさい狼さん、痛かったよね」
あぁ、矢張り狼が言っていたのは本当だったんだ。猟師は納得した。
「…私は食ったからな」
ぐるぐる、喉を鳴らすと家から駆け出してしまった。
「うん…うん!ありがとう!食べてくれて、ありがとう!」
赤ずきんが叫ぶ。ふわふわ、尻尾が揺れている。
矢張り、手を組んでいたんじゃないか。おばあさんは確信した。
「早く出て行けこの小娘!お前が来るとロクなことがない」
「えっ」
露骨に悪意のある罵声を浴びせられたのは初めてで驚いた少女の肩を猟師がそっと抱いた。
肩に巻きつく赤いずきんを解いて床へ落とすと、おばあさんに背中を向ける。
「まぁ細かいことは後々。とりあえず、この子はうちに連れて帰るよ」
赤ずきんは赤いずきんを捨ててしまった。首輪が取れたみたいだわ、少女は首を回した。
よくわからないまま猟師に連れられて歩いていてふと、問われた。
「そういえばどこか具合悪くないか?」
「うーん、特にないけど、でも狼さんのお腹の中が真っ暗だったから、少し外が眩しい」
青い花畑の方を見てみる。もちろん、狼の姿は見えない。
無理を言って食べてもらった上、お腹を裂くなんて。落ち着いて考えられるようになってきた少女は何だか無性に申し訳なくなってきた。それに、狼さんのおかげで赤いずきんを外せたようなもの。お礼も言いたい。
「また狼さんに会いに行っていい?」
「あぁ。ただ、誰かにひとこと言ってから行けよ。念の為な。でも狼のところなんか、何しに行くんだ?」
それでも狼さんの存在を認めて貰えて少女は嬉しい。ずきんが無くなって風通しの良い首周りを風が撫でるのを堪能して、思いっきり笑った。
「青い服で狼さんに会いに行くの。私に赤は似合わないから」

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