小説

『赤ずきんと海の狼』酒井華蓮(『赤ずきん』)

ぼろぼろ泣きながら真っすぐ見つめられて狼は困った。
食べて、と。しかし彼女を救いたくて老婆を食べたのだ。
「私を作った親に憎まれて、それでも生きるのなんてきっと耐えられない。他に頼れる人もいないの。ね、私も狼さんの青にして…」
ぐるぐる、今度は困って喉が鳴った。
そうだ、母を食えばいいのではないか。
いや、彼女の世話をしているのは母だと聞いた。彼女が生きられなければ元も子もない。
「…食いたくない」
「不味いのは分かってるよ。でもお願い、最後のわがまま」
「私はお前にわがままなど言われたことは無い」
「うん、だから最後に。ね?」
困った。食いたくないと言っているのに。
しかし彼女は食えと言う。
食わなければまた絶望だと言う。
「お願い、お願い」
狼がこの時程、己の体を恨んだことはない。
彼女が好きだと撫でてくれた時は嬉しかったが、この身故に食わねばならないとは、恨むしかない。
それも自分には見えないのだ。食って身になったとして、狼には見えない。
少女が何か堪える顔をする。その顔が嫌いだった。お前には似合わない。
この先、生きていく上でその顔しか出来ないのなら、彼女がそんなに食えと言うのなら。
今までの恩に報いることが出来るだろうか。
狼を抱き締めるように両腕を伸ばした少女に、大きく口を開けた。

「うわ、何だこの臭い」
猟師がその日の成果を肩におばあさんの家の前を通ったのは夕暮れだ。
果物の腐ったような臭いがする。元を辿ってみると赤ずきんのおばあさんの家だった。
料理を失敗したか?何の気なしに窓から中を覗くが誰の姿も無い。それどころかドアが開いている。様子がおかしい。

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