囲炉裏の前にはでっぷりとした年の入った僧が座っていた。
「そなたは誰かを探しているのか」眉の下の眼光が飛んだ。「灯が見えたので来た。」女はぶっきらぼうに言った。顔の前にたれていた髪を片手で掻き上げた。櫛を通したことのない髪はひっついたまま、思い思いの方に固まって散らばっていた。顔には泥がしみこんで干からび、流れた汗が筋になってそこだけが、縦皺のように白く光っていた。数え切れないほど年を取っているように見えた。女は弾んだ息を分からないように胸の中に押し込んで、自分を繕った。えたいのしれない力をこの僧に感じ出していた。
「そうか。腹も空いているだろう。粥が煮上がったところだ。一緒にどうだ。知念。客人の膳もな。」僧は奥に声をかけた。
「はい、ただ今。」軽い声とともに膳を重ねた僧が入ってきた。若い。なんと器量の良いことか。こんな山奥の寺に住んでいるとは。
女は山姥だった。今しがた二人の子供を追ってきが、ちょっとのところで逃げられた。この寺に逃げ込んだのは間違い。その匂いをかぐのを、目の前の僧の気配に押され忘れていた。はっと気づいたときには粥の匂いに消されていた。
「おれは。」女は口ごもった。
「遠慮はなしだ。ただうまいものはないが。」粥はでかい椀に盛られて、いたどりの煮物とすかんぽうとキュウリの塩漬けが皿に山ほど盛られてあった。
山姥はこんなものを桶いっぱい詰め込んでも腹のたしにはならないだろうに、よく生きていけるものだと馬鹿にした。人の食う飯とはこんなものなのか。山姥の飯はもっと油が浮いている。けものの肉をあぶったもの、そのはらわたは鍋にぶちこんで丸太が灰になるまで火にかければぎとぎとと油が浮く。わらびだの、ぜんまいだの、こごみだの入れればうまい。あけびの葉や山葡萄の葉をいれてもうまい。
年取った僧も若い僧も飯の間は話をしなかった。飯が終わると、老いた僧の椀に若い僧が鉄瓶から湯を注いだ。そして山姥にも鉄瓶の口を向けて、微かに笑った。どきっとするほど人懐こい美しい目だった。深いその色は自分の小屋の前の川の水とそっくりだ。山姥のつきだした椀に湯を注いだ。白いほっそりした柔らかそうな指も、きれいだと思った。老僧は言った。
「そなたの住まいはここからだいぶ遠方か。ここであったのも縁と思う。出来るなら、そこの知念に力を貸して欲しいのだが。」山姥はどぎまぎした。