小説

『つまらないものですが』泉谷幸子(『わらしべ長者』)

 携帯で確認すると、待ち合わせまであと1時間半ほどある。映画館までここからだと30分程度かかるから1時間は余裕がある。それにしても、昨日からいったいなんでこんなに予定の変更ばかり起こるんだろうと加奈は力なく思い返す。いらない時間を馴染みのない空間で無駄に過ごしているかと思えば、これから知らない人を待たないといけない。涼子にヒロシの相談もできない。映画も涼子の一押しのドラマチックな恋愛ものだったが、正直なところ加奈はそれほど観たいわけではなかった。涼子が誘ってくれて、チケットまでとってくれるというので観ることにしたのだった。それなのに。
 すべてはヒロシのラインから始まったことだ。すべてが奴のせいのように思えてくる。加奈は斜に構えたちょっとかっこいいヒロシを思いだしてみる。黄色のメッシュの入った茶髪がよく似合い、少し軽く見えるけれど芯はけっこう真面目で明るく、リーダーシップがある。男女問わず友人が多いなか、自分を選んでくれたのが嬉しくも誇らしくもあったのだけど。やっぱり見かけ通り軽い奴だっただけなのかもしれない。加奈は次第にどんよりした気分になっていった。
 何をしようかと思ったが、やはり特にすることもないので、加奈はまた本屋に入った。ふたたび雑誌を手に取る。ファッションの特集、スイーツの特集、ランチやディナーの特集。どれも輝くばかりの美人が微笑みを浮かべて抜群のプロポーションを披露している。こんなにきれいなモデルなら、彼氏を振ることはあっても、振られるなんてことはないんだろうなあと加奈は思う。この世の幸せを独占しているんだろうなあ。こんな人はヒロシなんて相手にしないんだろうなあ・・・。
 突然携帯が鳴る。ラインだ。慌てて見ると、また涼子からだ。今度こそヒロシかと一瞬でも思った自分が腹立たしい。今度は雑誌片手に携帯画面を見る。
「今日は本当にごめんね。チケット、うちの隣の課の田中さんに渡しました。彼も観たいというので、一緒に観てあげてね。ただし、妻子持ちだから間違いは起こさないように。加奈もヒロシ君いるから大丈夫だと思うけど、念のため。ではよろしく!」
 

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