小説

『つまらないものですが』泉谷幸子(『わらしべ長者』)

 加奈が思わずつぶやいた時、不意に「あっ!」という声がし、目の前で3,4歳くらいの女の子がバシャッと音をたてて転び、とたんにわあーっと泣き出した。そばにいた母親があわてて抱き起こし、女の子が放り出した傘を拾って、加奈と同じようにコンビニの軒下に走りこんできた。
「だから言ったじゃない、走っちゃダメって。長靴はいているから歩きにくいって言ってるでしょ」
カバンからタオルを取り出し、女の子を拭きながら母親がぶつぶつ言う。女の子は返事もせずに泣き続ける。加奈は動くに動けず、そっと女の子を見る。ふと、そのひざこぞうに小さく血が出ているのに気が付いた。
「あの」
と声をかけると、母親が振り向き、女の子も一瞬で泣くのをやめる。
「ひざをすりむいているから、よかったらこれ、どうぞ。」
 さっき電車の中でもらった絆創膏を差し出す。母親はえっという顔をして女の子のひざを見てから加奈を確認するように大きな目で見た。そして絆創膏を見て、それが大人には少し不釣合いな柄であることに安心したのか、
「あっ、すみません、ありがとうございます」
とあっさり受け取った。そして、優しいおねえちゃんにもらってよかったね~と言いながら、女の子に貼ってやった。お礼は?と母親がうながすと、女の子は丸い頬に涙を残したまま小さな声で「ありがと」とつぶやいた。
「どなたかと待ち合わせですか」
 母親が聞く。
 

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