小説

『つまらないものですが』泉谷幸子(『わらしべ長者』)

 いらぬ考えを巡らせていると、男の子と女の子が近づいてきた。加奈は我にかえる。
「ねえ、蝉の抜け殻って、どこにある?」
「ないよ~、そんなの。気持ち悪いよ」
「あるよ。ここに。ほら、この木にいっぱいついてるよ」
「あー、ほんとだぁ」
 加奈が指さすと、男の子は目を輝かせた。女の子は少し気味悪そうにのぞき込んだが、そう嫌ではないようだ。「うわぁ」と言うものの、顔は笑っている。男の子はいくつかの抜け殻を手にとり、ほかの子がいるところへ走っていった。女の子は恥ずかしそうに加奈のほうを見て、「はい」と持っていた数本の中から四葉のクローバーをひとつ差し出す。教えてくれたことへのお礼らしい。
「ありがとう」
 加奈はぎこちなく笑って受けとり、昨夜以来、笑顔になったのが初めてであることに気づく。女の子が向こうに走っていき、少ししなびたクローバーを持て余していると、隣のベンチにいた老女がこちらにのそのそと歩いてきた。
「ごめんなさいね、あっちは直接太陽が当たるんで、暑くてたまらないのよ」
 そう言って、よっこいしょ、と座る。加奈はちょっと面倒かなと思ったが、すぐに立ち上がるのも気が引けて、そのまま座り続ける。
「子供たち、かわいいわね」
「はあ」
「うちの子どもも、あ、子どもといってももう大人なんだけど、小さい頃はかわいくてね」
「はあ」
 

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